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2017/06/18

ポケモンと古代史のメモ

支離滅裂的なタイトルだが、ブログは自分の備忘録でもあるので、こんな風に
なってしまった。

ポケモンGOでは6月20日までイベントをやっているので、ポケモン聖地の錦糸町
には連日たくさんのファンがやってくる。

Photo

金曜日の夕方帰宅途中に少しポケ活をしていたら、小池百合子都知事が訪れて
演説した。でもスマホを覗き込んでいる人が多いから、物足りなく感じたんじゃ
ないかしら。東京都以外のところから来ている人も多そうだし。

昨日の土曜日は錦糸町駅に行かなかった。ポケモンをゲットするボールが少なく
なってしまったのだ。もちろん駅前には多くのポケストップがあるが、それ以上に
ポケモンが湧くので、ついそちらに集中してしまう。その結果ボールが無くなって
欲しいポケモンもゲットできなくなる。

それでまずポケストップが並んでいる「北斎通り」を歩くことにした。
北斎美術館のある緑町公園でひと休み。そこから日影のある住宅街を歩いて、
両国にある横網町公園を目指す。

Photo_2

北斎通りと蔵前通り(スカイツリー側)をつなぐ道を歩いていると、伊藤園の
自販機が目に入った。この辺りはポケストップがないのでスマホの電源を切って
いたが、いそいでポケGOを立ち上げる。

でもポケストップにはなっていなかった。人通りが少ない通りだから仕方ないか。
ところが自販機を見て「ポケモン柄のドリンク」があるのに気がついた。
え~こんなのがあるんだ。

Photo_3

どうやら5種類あるらしい。ためしに1つ買ってみると「ゼニガメ」が出てきた。
砂糖、食塩不使用のベジタブルドリンク。美味しい。
これって5種類が順番に出てくるのかしら?

Photo_4

この自販機のすぐ近くに名の知れた焼き肉店「巨牛荘」があった。こんな場所に
あるのね。やっぱり歩いてみるもんだわ。

Photo_5


Photo_6

蔵前橋通りを歩いて「横網町公園」に行く。
この公園は小さいのでポケストップ巡りがしやすい。また巣としても優れている。
私が最初にここでポケ活したのは、ピカチュウの巣の時だった。その後も欲しい
ポケモンの巣になっていると来るが、この公園には東京都慰霊堂があり慰霊に
訪れる人がいるので、ポケ活には配慮が必要だ。

子どもやファミリーで大賑わいの錦糸公園と違って、横網町公園は静かだ。
木陰のベンチに座っていると風がそよいで心地よい。スマホを見ている人もいるが
本で読んでいる人もいる。

私もしばしポケモンと離れて、図書館から借りている
「神話」から読み直す古代天皇史  若井敏明著 歴史新書(洋泉社)のページを
めくった。
「歴史REALWEB」というサイトに関連する文章が載っている。

とても面白い内容なのだが、すぐ忘れてしまうので、自分用にブログにメモを残す
ことにした。私がまとめた内容なので、たぶん違っていると思う。やっぱり本を
買おうかな。でも買ったこと自体忘れてしまうのよね。困ったもんだわ。

以下、概略メモ。

神武東征や天孫降臨神話のような話は、弥生時代日本列島各地の集団ではふつうに
あったもので、とくに大王家に限ったものではない。
(日本書記には数多くの一書が載っている。これは各集団の伝承ではないか)
神武東征も、九州からやってきた集団が奈良盆地の一角に住みついた程度のもので
建国というような大層なものではなかった。

箸墓(ヤマトトトビモモソヒメの墓といわれている)の年代が240~260の
間と、発掘された布留式土器の年代により確認された。
これにより崇神朝が三世紀中ごろであるとわかった。
纏向遺跡はこの布留式土器の時代に営まれたが、この遺跡はそれより古い
庄内式土器の時代から続いている。崇神朝以前から初期ヤマト政権(闕史八代)が
王宮を営んでいたのではないか。
記紀の記述を考古学が裏付けている。(天皇の和風諡号にも表れている)

崇神天皇の和風諡号は『日本書紀』では御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこ
いにえのすめらのみこと)。また御肇國天皇(はつくにしらすすめらのみこと)。
『古事記』では御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえのみこと)。
「みまつひこ」はミマ(纏向)の王という意味。
崇神天皇は神武天皇と同じ「はつくにしらすすめらのみこと」(初めて天下を
治めた)と尊称されている。
このためどちらが初代天皇なのか議論が分かれている。

初期のころはいくつもの勢力があったが、やがてヤマト政権が他の勢力を征圧して
いき、崇神天皇の時代に飛躍的に発展した。箸墓古墳はこれまでの墳丘墓と比べ
はるかに巨大な建造物である。

箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないかと話題になっているが、著者は「強大となった
ヤマト政権がみずから構築した地方収奪システムを用いておこなった最初の大事業
最初の天下普請」という見解を書いている。

邪馬台国は九州にあった地方勢力である。つまり著者は邪馬台国九州説にたって
いるが、古代日本列島を代表するような国家ではなく、地方勢力のひとつに過ぎ
ない。
同じく地方勢力だった出雲はヤマト政権への恭順派と抵抗派に分かれていた。
その抵抗派と邪馬台国勢力が対ヤマト政権の同盟を模索していたが、筑紫では
卑弥呼死後の内紛でそれどころはなかった。

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コメント

「神話」から読み直す古代天皇史を読んだこともなく、若井敏明氏のお名前もこの記事で初めて知りました。
でも私も、ネット検索して知りえた古代史の情報から、ほぼ同じような考え方をしています。
時系列やその時々の地形などを考慮したらそう考えざるを得ないのではないかと思うのです。
固有名詞や人名地名すらちゃんと記憶できてなくて、自分ではちゃんと説明できないので、時にちゃんとまとめられた本を読まないといけませんね。

日本書紀や古事記で、ある一定の方向に誘導した編纂は、これにミスリードされての今があるわけで、ある意味すごいことです。
どんな世界も最初からどか~んと大きな存在がありきでもなく、収束してそしてまた拡散していく、ちゃんとした歴史を知りたいもんです。

ulalaさん、関連するサイトがあったので、本文にリンクしておきました。

古代史から現代史にいたるまで様々な見解があるので、いろいろと見聞きしたほうが良いですね。まず何よりも面白いですし、自分の知識も多少は広がります。
下手なミステリー小説より面白い。

ミステリードラマでは名探偵が登場して謎を解いていくわけですが、歴史の場合は考古学上の大発見でドンデン返しになったりします。

纏向遺跡は広大で発掘されたのはまだ数%程度らしいです。今後発掘が進むと、どんな事実が明らかになるんでしょう。楽しみです。

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