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2016/03/19

日本海側小旅行(柏崎)

糸魚川に1泊し、翌日からは柏崎の妹宅におじゃました。
今回の旅の大きな目的のひとつが、故郷柏崎の神社めぐりだ。
本当に最近になって、柏崎にも古代史にかかわる場所や神社があることを知った。
子供のころは、もちろん何の関心もなかったから、いろいろなお話を読み聞きして
「え~っ、そんな謂れがあったの?」と驚きだった。

「これは、ボケる前にいちど訪れなくては!」

この日は妹の運転で二人だけで近所観光をする。柏崎から甥夫婦がいる長岡まで
なら、妹は運転できる。
この日のコースは妹が地図を見て決めた。何せ私は故郷を離れて半世紀、その間に
故郷は広い道があちこちにできて、すっかり車社会になっていた。だから昔の
面影はほとんど残っておらず、どこがどこだかサッパリ分からない。

まず行ったのは「鵜川神社」だ。「鵜川神社」といっても1社だけではない。
刈羽黒姫山山頂と麓に鎮座する「鵜川神社」、大きさが全国第8位の大欅がある
「鵜川神社」、そして私が子供の頃に遊んだに違いない駅近くの「鵜川神社」。

刈羽黒姫山については、こんな「民話」がある。
黒姫さまは奴奈川姫命という民話もあれば、奴奈川姫命の母という民話もある。
(柏崎文庫~關甲次郎著) どちらにしても、女の神様らしいロマンチックなお話だ。

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「黒姫山」方面に行くのは難しいので、まず大欅の「鵜川神社」に向かった。

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樹齢1000年といわれる大欅のご神木に触ってパワーをもらう。

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この神社は柏崎でも田舎のほうにある。今は車で簡単に行くことができるが、
それでも神社周辺には素朴な自然が残っていた。

柏崎駅から徒歩圏内にある「鵜川神社」(↓)は、馴染みの神社のはずだが、
記憶の隅をさぐっても思い出せない。妹は「昔はこちらの鳥居から入ったよ」と
おしえてくれるのだが、それでも思い出せない。

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鵜川を挟んで対岸の「三島神社」も、妹は「お祭りのときいつも来たじゃない」と
言うが、「そう言われれば、そんな気がするかな」という程度の記憶しかない。
情けないなあ~。

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「三島神社」に関してもいくつもの言い伝えがあるが、三島神社の本来の祭神は
「三島溝咋耳命」(みしま みぞくいみみのみこと)=少彦名命であると書いてある
記事も目にした。
少彦名命の神裔は、伊豆国造の三島大社や摂津国三島地方の三島県主と関わりが
あるのだという。

そして柏崎の三島神社も何らかの関わりがあるらしい。

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(新潟県立歴史博物館にて↑)

現在は「刈羽郡」といわれているが、もともとは三島族がつくった「三島郡」
だった。この三島は伊予三島本社の分霊なのだという。

そうすると、伊豆の三島でなく四国愛媛の三島にお詣りに行くべきだったのか~。

どっちにしても、おおもとは少彦名命だから、同じだけど。

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三島神社から歩いて鵜川の土手に出た。どこもかしこも変わったが、鵜川だけは
あまり変わっていなかった。

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鵜川をはさんで鵜川神社、三島神社、そして良寛の晩年に交流を深めた
貞心尼のお墓(洞雲寺)がある。近いので洞雲寺にも行ってみたが、お墓は
寺の裏山の小高い場所にあり、雪で道は緩んでいて、行くことはできなかった。

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(洞雲寺)

このあと出雲崎の良寛記念館に行くので、そちらでお参りしてこよう。

無料の「ふるさと偉人館」に立ち寄り、久々に我が家のお墓参りをして、一路
出雲崎へと向かった。

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コメント

TMさんの記憶があいまいなんて信じられないですが、親近感感じます。
私はホンマにびっくりするほど忘れやすくて、幼い頃の記憶は妹が担当してますし、学生時代は仲の良い連れが覚えてくれてます^^

>「三島溝咋耳命」(みしま みぞくいみみのみこと)=少彦名命
淀川を渡った茨木市にその溝咋神社があってとても気になる神社です。
=少彦名命という説があるのを知り、それで気になったのかなぁと思えました。
なんか少彦名神にご縁があるのは、TMさんも一緒ですよね。

ulalaさん、故郷はあまりにも変わりすぎて、昔の光景と結びつけることができませんでした。妹は変わっていく経過を見てますけど、私なんかは途中経過がすっぽり抜けていますからね。

葛城氏が移住してきたとか、少彦名命の神裔と関係があるとか、いろんな説があるので、頭の中がこんがらがっています。でも地名や神社名などは、何らかの根拠があってつけられたはずですから、想像しながらミステリーを解くつもりで少しずつ知識を得て行きたいです。

確かなのは、古代の人々が広範囲に移動していたということですわ。

それにしても、知れば知るほど気になる神社が増えて、参拝しきれません。

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