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2016/03/21

日本海側小旅行(良寛と角栄)

柏崎から出雲崎をめざしていると、途中でみぞれ混じりの雨になった。かなりの
勢いで降っている。
ところが出雲崎に着いたら雨はすっかり上がっていた。それどころか、雨が降った
気配もない。一過性の雨雲が通り過ぎたようだ。「良かったね~」と一安心。

出雲崎海岸に面した道の駅「天領の里」でちょっと遅めのお昼を食べた。

天領というのは、江戸幕府の直轄地のこと。
出雲崎は、元和2年(1616)佐渡からの金銀の陸揚げ港として代官所が置かれ
「天領」となった。

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良寛の生家跡に建てられた良寛堂は「北国街道出雲崎宿」の中心にある。

出雲崎は「良寛さん」のふるさととして有名であり、また芭蕉が「奥の細道」
「荒海や佐渡によこたふ天河」の名句を詠んだ地でもある。

良寛は芭蕉より100年ほど後の人だが、芭蕉を尊敬していて、讃える詩も作って
いる。

食事のあとは小高い丘の上にある「良寛記念館」に行った。
ここに来るのも本当に久しぶりだが、今回は以前よりじっくりと展示されている
書や解説などを読むことができた。
展示室では「相馬御風」の名前を多く目にした。
あれ、この名前はどこかで聞いたことがある。そう、糸魚川のヒスイを発見した人
だったのだ。

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記念館から石段を上がると「にいがた景勝100選」の第一位に選ばれた「良寛と
夕日の丘公園」がある。

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この日は晴れていたが佐渡はよく見えなかった。たいていは見えるのに、ちょっと
残念だったわ。

帰る途中で「時間があるから田中角栄の生家を見て行こう」ということになった。
妹も生家の詳しい場所を知っているわけではないが「西山ICの近くにあるはず。
だって角栄の家に行くためにICをつくったんだから」と車を走らせた。

でもIC近くに行ってもそれらしい邸宅は見当たらない。スマホで検索すると、
「西山ふるさと公苑」という道の駅が出てくる。

ここは角栄が学んだ小学校の跡地で、だだっ広いパーキングエリアとふるさと館
そして日中国交回復を果たした記念と思われるハデハデな中国風建造物がある。

平日だったので人も車もほとんど見当たらない。きれいな「西山ふるさと館」では
日中国交回復の相手「周恩来」の故郷「淮安市」の写真展などをやっていた。

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ここには無料の給茶機が備えてあり、コーヒーや煎茶など数種類のお茶を自由に
飲むことができる。私たち以外には入館者のいないロビーで、ゆっくりお茶など
いただきながら休憩した。せっかくの設備だもの、利用しないと勿体ないよね。

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わざわざ来たのだからと、隣接する中国風建物「西遊館」にも入ってみる。
ここにはスタッフもおらず、監視カメラが回っているだけだった。でもテーブルも
トイレもあるから、ひと休みするのにはちょうど良い。飲み食いはできないだろう
けど。

ふるさと公苑の敷地のいっかくに地図があり、田中角栄の生家も載っていたので、
じっくりと行き方を確認して出発した。(もちろん妹が確認したのだけれど)

田中角栄生家は思ったよりもずっと狭く目立たない道に面していた。昔いちど
通ったことがあり、もっと広くて観光バスが来るような場所だった気がするの
だが…。

近くで工事でもしているのか、交通案内の人がいて「さっさと行って」とでもいう
ように誘導棒を回していた。すぐ後から山形ナンバーの車が来て、数人が降りて
いたから、今もけっこう観光客が来るのかもしれない。
石原慎太郎の小説「天才」がヒットしているから、GWなんかは混雑するかもね。

それにしても良寛と角栄とは‥、何から何まで対照的な二人だなあ。

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コメント

良寛さんと田中角栄さんが同じ出身地だとは知りませんでした。
芭蕉が佐渡を読んだ場所に立って佐渡を見てみたい気がします。

しかし、この句は夜の句だと思っていたのですが、ここに夜いたら怖い気がします。

田中角栄さんゆかりのいろいろな施設も利用する人がいないのはちょっと残念ですね。もう彼を知る人も少なくなってきているのかもしれませんね。

HANAさん、芭蕉の奥の細道と同行者の曾良の日記とでは、だいぶ食い違いがあるようですね。芭蕉は俳句の完成度を重んじたので、創作の部分が大きいようです。だいたい海が荒れていたら、佐渡も天の川も見えないでしょうhappy01

田中角栄人気は、若い人はともかく新潟の年配者にはまだまだ高いようです。長岡のお土産売り場で「サフラン酒」を買ったんですが、売り場には「角栄ワイン」だの「角栄清酒」だのが並んでいました。

「西山ふるさと館」には600人収容の多目的ホールがあって、こんな不便なところにどうしてこんなホールを造ったんだろうと不思議でしたが、イベントがあると皆さん車で来るんでしょうね。そうなると、だだっ広い駐車場も必要になるんでしょう。駐車場と言ったってタダみたいなものですし…。

串本にも出雲岬という地名があったので、なんか言われあるのかな〜って、あちこち検索へ。
越の国の出雲岬も地名由来で見るといっぱいヒットしました。
結局は大国主命であったり、弥彦神社の天香具命であったり、深い歴史のあることがわかりましたが難しかった。
それにしても古代だけでなく、近代の良寛、角栄に繋がるというのがまた凄いとこですね。

ulalaさん、調べれば調べるほど訳が分からなくなります。出雲崎という地名が偶然付けられたとは思えませんものね~。でもどういういきさつがあったのか、それこそ古代ミステリーですわ。

糸魚川のヒスイが日本各地の縄文遺跡から見つかっていますが、その時代から日本列島の人々は交流していたんですね。縄文時代と弥生時代、古墳時代は連続していて、神話もその時の流れのなかで作られていったんでしょう。

たしか出雲関係のセミナーだったと思いますが、講師が「日本海は決して荒い海ではない。縄文人は船で行き来していた。日本海が荒海だと思われるようになったのは、芭蕉のせいですよ」と話していましたhappy01

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