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2016年2月

2016/02/21

大都市圏高齢者の地方移住

「東京消滅~介s護破綻と地方移住」(増田寛也編著 中公新書)を読んだ。

先日のテレビ番組で「高齢者の地方移住」というテーマを取り上げていたが、
もっと具体的な内容を知りたくて、この本を図書館に予約しておいたのだ。

だいぶ以前から言われていることだが、団塊の世代が75歳以上になる2025年までの
10年間で、東京圏1都3県で75歳以上の後期高齢者が175万人増加する。
ちなみに大阪圏では2府2県で92万人、名古屋圏3県で52万人の増加が予測されて
いる。

当然医療・介護サービスへの需要は急増するが、とても公的サービスだけでは
対応できないので、家族にその負担がかかってくる。
団塊の世代が後期高齢者になるとき、団塊ジュニアは40~50代の働き盛りとなる。
この人達が親の介護で離職に追い込まれるような事態になれば、日本経済は成り
立たなくなる。

しかし地方に目を向ければ、医療・介護サービスに余力があり、実際に体制維持の
ため受入れ検討中の「市町村」もある。もちろん地方自治体としては若い人に
きてほしいだろうが…。

「高齢者の地方移住」ときくと「姥捨て山」をイメージしがちだが、東京都では
すでに4人に1人が単身世帯だから、何もしなかったら「自宅放置」という形の
姥捨てが進行するだけだとも書いてあった。

長年多少なりとも税金を納め、身の丈をはるかに超える健康保険料や介護保険料を
払いつづけているんだから、いざという時にはちゃんと面倒をみてほしいわ。
ところで「姥捨て」という言葉はあるが「翁捨て」という言葉はないね。長生き
するのは女性だからか。

この著者は「東京消滅」の前に「地方消滅」という本を出していて、東京圏の
高齢化問題は地方の存続をかけた問題でもあると、2015年6月に「東京圏高齢化
危機回避戦略」を提言した。それが多くのマスコミに注目されたのだが、「地方
移住」に偏った報道が多かったので、この本で全体像を伝えたいという。

とは言え、やはり関心が向くのは「地方移住」という項目だろう。

「日本創生会議」の資料3「全国各地の医療・介護の余力を評価する」には「余力の
あるエリア」が載っている。

もちろん「移住以外の提案」もある。高齢者を強制的に移住させるのではなく、
当人が行きたいと気持になることが大事だというのだ。
もっとも資料に載っている「余力のあるエリア」は、きっかけがあれば行ってみたい
魅力的なところばかり。
空いている高齢者施設の一部をホテルにしてくれたら、1週間くらい滞在して
史跡めぐりでもしたいわ。

移住となると、とくに私のような一人暮らしは、そう簡単にはできない。
移住するのなら、寝たきり状態になってからでは遅いからできるだけ早めに
しなくちゃならないが、今住んでいるマンションをどうするかと考えただけで、
お手上げ状態になってしまうのだ。

それに東京にはミュージアムやコンサートなど、身近にさまざまなサービスが
あって便利だ。都会暮らしで得ることのできるメリットが、高齢者の健康維持や
暮らしのQOL向上に寄与していることは確かだろう。

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(すみだ区の「まち歩きツアー」があって、土日などはけっこう沢山の人が参加して
いる。
北斎美術館を建設中の緑町公園には、名所案内の高札がいくつか立っている
ので、まち歩きのツアーの立ち寄りスポットになっている)

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「すみだ北斎美術館」もだいぶ建設が進んでいる。

緑町公園にある案内高札のなかで、これまでほとんど無関心だったのがコレ(↓)

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「江川太郎左衛門屋敷跡」となっている。江川太郎左衛門は伊豆国田方郡韮山
(静岡県伊豆の国市韮山町)を本拠とした江戸幕府の世襲代官で、中でも36代
当主の江川英龍(えがわひでたつ)が著名。
世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産「韮山反射炉」建造を手がけた
のが、この江川さんと息子さん。

この反射炉は、1月に訪れた三島からすぐのところにあるのだ。せっかく来たの
だから行ってみたいと思ったが、体調が万全でなかったので諦めたのだった。
こんなところにお屋敷があったのね。ちょっとばかり関心が出てきたわ。

2016/02/14

橋から散歩~蔵前橋&厩橋(2)

蔵前の路地裏をぶらつきながら、次の「厩橋」(うまやばし)に向かった。

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御米蔵の米を運ぶ馬がこの地域で飼われていたことから、この名が付けられた。
明治時代に地元住民の手によって架けられた木造の橋が始まりのようだ。

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橋の名にちなんで、馬の浮彫やステンドグラスが橋の各所を飾っている。

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台東区側から橋を渡るとそこは墨田区本所だ。
本所ときくと、時代小説ファンだったら、懐かしい気分になるんじゃないかしら。

小説や時代劇に出てくる本所はもっと広い範囲だが、現在地名として残っている
のはこのエリアだけだ。でも施設の名称としては、「本所税務署」「本所消防署」
「本所警察署」などと冠されて親しまれている。

そうそうこの日散歩から帰宅したら、本所税務署から「還付金振込のお知らせ」が
届いていた。まだ確定申告期間は始まっていないけど、こんなクズみたいな申告は
サッサと片づけてしまおうと考えたのかなv(^o^)vヤッタネ
何はともあれ、臨時収入は嬉しい。

話が横道にそれたが、もう一つ上流の駒形橋近くに「株式会社マーナ」という
会社がある。

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先日オンラインショッピングで便利グッズを買ったら、それが墨田区にある企業の
ものだった。ベンチャー企業かと思って調べてみたら、なんと明治5年に新潟県
長岡市で創業した歴史のある会社だったのだ。
何だかうれしい。これからも庶民が喜ぶ商品を開発してね。

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墨田区にあるが「ASAKUSA」という名のゲストハウス。

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スカイツリーはすぐ目に入るけど、「刃物とぎます」という看板の刃物屋さんに
目をとめる人は少ないだろう。

ここから裏通りに入り歩いて両国に戻ることにした。

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「日本折紙協会」という看板が目に留まった。あれ、こんな建物知らなかった
なあ。内部は色とりどりの折り紙でいっぱいだ。

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折り紙はリハビリにも使われるから、ボケ防止になるだろう。
でも作品が増え過ぎると処分に困るかも。

両国のコーヒーショップまで歩いたが、さすがにヘトヘトになってしまった。

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帰りに北斎通りの「パンと洋風お惣菜のお店」でオリーブやパテなどを買った。
疲れたけど、たっぷり歩きだめしたわ。

2016/02/13

橋から散歩~蔵前橋&厩橋(1)

今日はポカポカ陽気で風もなく気持の良いお天気だったので、こんな日を無駄に
してはならないと、久しぶりに「橋から散歩」をしてきた。
まずは徒歩圏内で残っていた「蔵前橋」を目指す。

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東京都慰霊堂がある両国の「横網町公園」の中を通る。梅の花が咲いていた。
(ちなみに、「よこづなちょうこうえん」でなく「よこあみちょうこうえん」
です)

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公園内の復興記念館のかたわらに、震災や戦災で焼けた機械類が並んでいる。

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そこから「蔵前橋」はすぐだ。

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お天気の良さにつられてか、カメラを構えたり橋を眺めたりしている人が多い。

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オジサン二人がしゃがみ込んで熱心に橋のたもとのレリーフを見ている。何か
その恰好が可愛くて、背後からパチリと写してしまった。(右隅)

散策のシニア族は多い。あちこちに立てられた説明板や案内プレートを、皆さん
熱心に読んでいる。これだけ熟読してもらえば、お役所も立てた甲斐があると
いうものだ。

「蔵前橋」を渡ると台東区蔵前になる。江戸時代この場所に幕府の米蔵が数多く
建てられていたことから、この地名と橋の名になった。

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橋から蔵前橋通りを10分ほど歩くと「鳥越神社」がある。境内は静かだった。

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そういえば「東京五輪のエンブレム」はどうなったんだっけ?

鳥越神社からまた蔵前橋方向に戻り、隅田川近くの「御蔵前通り」を歩く。
好天気に促され、もうひとつ浅草よりの「厩橋」を渡って帰ることにしたのだ。
暖かいけれど花粉はまだ飛んでいない、こんなひとときは大事にしないとね。

御蔵前通りを歩くのは初めてかもしれない。以前に歩いたとしても、ただ歩いた
だけだから、印象は何も残っていない。たぶん昔は何の変哲もない路地裏だった
のだろう。

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(小さなイタリアンレストラン)

ところが最近は観光客が増加し、ゲストハウスができたりして、こんな裏通りの
道筋にもおしゃれな店が進出していた。

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裏道の一角に近代的なビルの「台東区立特別養護老人ホーム」があった。
最高の立地だけれど、入居者は寝たきりに近い人ばかりだから、この環境を十分に
楽しむことはできないかもしれない。

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近くで「和食のレストラン」とバックパッカー向けの「ホステル×バー」を見つ
けた。和食は今度食べてみよう。場所を覚えておかなくちゃ。

こういう発見があるから、やっぱり路地裏も歩くべきだな。

2016/02/10

多国籍タウン錦糸町

春節休暇に突入し、中国人観光客がドッとやってきた。
爆買に期待を寄せているお店も多いことだろう。

ところで錦糸町では、春節でなくても中国人をたくさん見かける。
ひらがなネットという会社が作成した小冊子によると、すみだの外国人は
2015年の調査で1万人を超え、そのうち中国人が45.8%を占めているという。

この冊子には世界各地18か国の料理店があるとも書いてあった。
でもインターネット調べだから、ネットに載っていない料理店を入れたら
もっとあるに違いない。最多は中国料理で295店、次がイタリア料理で74店と
なっている。私の印象ではインド、タイ料理のほうが多いような気がするんだ
けど。

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日本の外国料理レストランは大なり小なり日本人好みになっていて、オリジ
ナルの料理と異なることが多い。

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(北口)

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(南口)

中国料理は分け方が難しい。もうほとんど日本料理になっているからだ。
錦糸町の駅前には、南口にも北口にもラーメン屋が数多くあるが、ラーメンなんか
完全に日本料理だよね。

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(正月あけにいきなりお店ができた)

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最近近所に開店した真鯛ラーメン店。すぐに行列ができるようになった。早めに
行けば良かったかな。

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イタリア料理なのにオススメがローストビーフってのが可笑しい。

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駅近くのイスラム料理店とタイ料理店のあいだに稲荷神社があったのだが、今は
どこかに移されてビルの建替え工事が進行中だ。
大事な地元のお稲荷さんだから、工事が終了したらまた復帰するんだろうが、
もしかしたらビルの屋上かもしれない。

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(ムスリム飯店の向いの広場にはアメリカステーキのレストランがある)

Jra
(南口駅前の四ツ目通りとJRA)

街そのものが雑居ビルのような錦糸町だが、昔からの盛り場である南口とスカイ
ツリーへの玄関口である北口では、同じ街とは思えないほど雰囲気が異なる。
北口は子供連れのファミリーが多い。もちろん観光客も。

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N

四ツ目通りをちょっと入るとディープエリアの南口の花壇街がある。

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この辺を夜遅く歩くことはないが、気になるレストランがいくつもある。

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ダービー通りも錦糸町の顔のようなディープなところだ。
このエリアには眼光鋭い外国人の客引きがたむろしていた。次々とパブやクラブが
新規開店しているから、今も客引きは減っていないと思う。

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ダービー通りの中ほどにあるバングラディシュカレーの店。昼間は当然閉まって
いる。この店に入るには、勇気がいるなあ。

みんな怖いというが、この街に住んで30年の私はそれほどと思わない。

成田空港に夜遅く着いて、深夜に帰宅ということがけっこうあったが、夜になると
賑やかになる街なので、むしろ安心して歩くことができた。
静かで人通りのない住宅街だったら、深夜の帰宅はできなかっただろう。

住めば都ってことかな。

2016/02/02

浅草までウォーキング

熊野セミナーの時にいただいた梅の小枝の花が開き始めた。
部屋の中は暖かいから、春が来たと勘違いしたのかな。

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土曜日はせっかく御茶ノ水に行ったのに、あまりの寒さでウォーキングの意欲が
起きなかった。それで少し暖かくなった日曜日、頑張って浅草まで歩くことに
した。

最近はウォーキングコースが固定化してしまっている。好奇心が衰えてきている
のかな~。数年前はよく新宿を歩いたものだけど、最近は東京駅界隈か上野近辺
また東京スカイツリー&浅草か両国のどこかになってしまった。
もっと範囲を広げなくちゃならないなあ。

浅草は相変わらず大混雑だった。土曜日にテレビで「浅草六区」をやっていた
ので、混雑に拍車がかかったのだろう。最近オープンした「まるごとにっぽん」
もう人、人、人で身動きとれないほど。早々に退散したのだった。

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でもちょっと収穫もあった。浅草の調理器具のお店で安いダイヤモンドコートの
卵焼き器を見つけたのだ。「かっぱ橋」まで行かなくてもいい。このお店は覚えて
おこう。燕三条というチラシがベタベタ貼ってあるのも気に入った。もっとも
この日は買わなかったのだけれど(^_^;)

浅草のコーヒーショップでしばしの読書タイム。それから東京スカイツリーまで
歩いた。

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この「水上バス」は松本零士デザインのヒミコかしら?それともホタルナ?

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吾妻橋を渡ると墨田区。アサヒビールの炎のオブジェの下を歩く。

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業平橋近くの大横川親水公園でくつろぐ人達。三味線?をひいているオジサン、
カッコいいね。
この長い公園を南に歩いて行くと、錦糸町に到着する。でも今日はスカイツリー
タウンで書店をひやかすことにした。

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「とうきょうスカイツリー駅」で。日当たりの良いところでは、紅梅が花をつけていた。

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土曜日は雨だったが、スカイツリーの上は雪だったようで、気温が上がった日曜日
ときどき上空から雪の破片が落ちてきた。それで屋根のないところは「立入禁止」
になっていた。

少し休んでから歩いて帰宅。乗り物は利用しなかったので、かなりの距離を稼いだ
つもりだったが、お風呂上りに体重を計ったら、増えも減りもしていなかった。
どうしてだろう?ガッカリだわ。

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