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2015年11月

2015/11/29

三角縁神獣鏡研究の最前線

今日、「三角縁神獣鏡研究の最前線」という講演会に行ってきた。

会場は「よみうりホール」とあったので、有楽町とばかり思っていた。ところが
電車に乗ってから、何気なく案内状ハガキを見たら、「よみうり大手町ホール」
なっているではないか。

有楽町ではなく大手町だったのだ。あわてて東京駅で降り、急ぎ足で大手町に
向かった。思いがけず、速足ウォーキングすることになったわ。
ま、電車を降りる前に気が付いたのが、不幸中の幸いだったけど。

ところで、このホールはまだできて間もない。たしかオープン記念で辻井伸行
さんや読響がコンサートをやったと記憶している。

Photo

どこかでお昼を食べてから行こうと思っていたのに、思い違いのせいで食事の
時間がなくなった。仕方ない、コーヒーショップでサンドイッチでもつまもうと
まっすぐホールに行ったら、ビル内の1軒だけあるファストフード店もホールの
カフェも閉まっている。周囲はオフィスビルばかりで、お店は何も見当たらない。

でも空腹のまま13時~16時まで講演を聞くのはとても無理なので、急いで
地下鉄駅近くにあるコンビニに走ったのだった。

こんなときに、日頃の地下街ウォーキングが役に立つ。大手町の地上はともかく
地下には詳しい私なのだ。

講演内容はわかりやすくて良かった。レジュメも、単なるプリントではなく、
写真やグラフが入ったパンフレットなので、見やすくて得した気分。

会場は一部座席を閉じていたが、司会者の話だと満員とのことだった。
来場者の9割方が高齢者だった(^^;)

Photo_2

講演が終わって外に出ると、どこも似たようなビルばかりで方向感覚が狂って
しまう。もともと方向感覚には自信がないんだけど‥‥。まあ少し歩けばどちら
方面に向かっているかの検討はつく。

東京駅まで歩いて、ときどき入るレストランでハンバーグ定食を食べた。
日曜日の夕方とあって、東京駅の混みようはハンパじゃなかった。

2015/11/28

橋から散歩~駒形橋と吾妻橋

ネット検索していて、「雑学ネット~隅田川に架かる橋」を見つけた。

隅田川の橋は大火、震災、戦災などの暗い歴史と結びついている。そんななかで、
先日渡った「新大橋」が関東大震災で唯一被害を免れ、また東京大空襲の時も
言問橋と新大橋が焼け残り、多くの人々の命を救った。
そんなことが書かれてあった。勉強になるね。

先日は午前中で勤務が終わったので、お昼ご飯を食べてから「橋から散歩」を
することにした。朝方まで降っていた雨が上がり、曇り空だけれどウォーキング
にはちょうど良い空模様だったこともある。それで腹ごなしを兼ね、ちょっと
遠いけど浅草を目指すことにした。

Photo

まず向かったのは「駒形橋」。橋の名はこの場所にある「駒形堂」にちなんで
いる。関東大震災の復興事業として架けられた。

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これまでにも何度か渡ったことはあるが、橋そのものを注目したことはなかった。

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でもこうしてみると、なかなか美しく堂々とした橋ではないの。

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橋を渡って墨田区から台東区に行くと、橋のたもとに「駒形堂」が建っている。

西暦628年に地元漁師兄弟によって隅田川から観音像が釣り上げられ、浅草寺の
御本尊「聖観音菩薩」として信仰されることになった。
その釣り上げられた地に建てられたのが「駒形堂」で、江戸時代にはここから
お参りするのが慣わしだった。

Photo_6
(何度も火災にあっている。現在のお堂は平成15年(2003)に建立されたもの)

ところで、釣り上げられた観音様はどこから流れてきたのかと考える人もいて、
こちら「 サイト」が「埼玉県飯能市の岩井堂観音」説を書いている。面白いね。

Photo_7

駒形橋から歩いて5分ほどで「吾妻橋」に着く。

隅田川に架かる橋のなかでは最も有名で、浅草観光には外せない橋だ。
江戸時代に架けられたなかでは最後の橋で(江戸時代に架けられたのは全部で
5橋)、初めは「大川橋」と呼ばれていたが、明治9年の架け替えの際に正式に
「吾妻橋」となった。

Photo_9

ここまで来たら浅草寺でお参りしていこう。それにしても、平日だというのに
観光客が多い。

Photo_10
(すみだ区役所近くでスカイツリーを背景にクリスマスツリーを設置中)

吾妻橋を渡ると「墨田区吾妻橋」になる。
最寄り駅は都営地下鉄「本所吾妻橋」、15分ほど歩いて東京スカイツリーに
到着。

Photo_11

曇っていたこともあるが、暗くなるのが早い。それに寒い。もうここで体力が
尽き、コミュニティバスで錦糸町に戻ったが、この日のウォーキングで風邪を
ひいてしまった。

昨日夕食と晩酌をやめて葛根湯を飲んで寝たら、今日は体調も良くなった。
ウォーキングもほどほどにしないと‥‥。

2015/11/23

橋から散歩~両国橋と新大橋

ウォーキングが大切とわかっていても、ただやみくもに歩くだけでは、すぐに
惰性に陥ってしまう。やはりテーマを持って歩かなくては‥‥。

それで思いついたのが、住まいのあちらこちらにある橋だった。
私が住んでいるところは、江戸時代の小説やドラマによく登場する下町で、運河が
縦横に流れている。当然ながら、運河には橋がかかっている。時代小説や時代劇
では、これらの橋が舞台になっていることも多い。

「思い立ったが吉日」と、肌寒い曇り空の日曜日に、さっそく実践することに
した。そこで選んだのは「両国橋」、運河ではないが、まずは主役級の隅田川に
かかる橋からつぶしていこう。

北区の岩淵水門から東京湾まで流れる隅田川には、いくつもの橋がかかっている。
そのうち、歩いて渡れる橋は18あるらしい。(最近河口に最も近いところに新しい
橋ができたと聞いた。それを入れると19ということになる)

Photo
(この図の北に隅田川最初の橋「千住大橋」がある)

いくら隅田川が近いといっても、我が住まいから歩いて行ける橋はそのうちの
一部だ。まずは徒歩圏内の橋から始めようと、もっとも近い両国橋を選んだ。

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徒歩圏内にある橋はどれも数回は渡っているが、テーマを持つと、橋にまつわる
ウンチクを調べたりするので、少しは新鮮な気分になる。

「両国橋」は武蔵と下総の二つの国を結ぶということで名付けられ、1683年に
なって本所・深川地域も武蔵国になった。(年代は諸説あり)
東京スカイツリーは武蔵国にちなんで634mの高さに決めたようだが、もともと
押上は下総の国だったのだ。

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両国橋は隅田川にかかる二番目に古い橋だ。
架橋のきっかけとなったのが江戸最大の火災「明暦の大火」だ。
この大火の犠牲者を弔うため、橋の近くに「回向院」が建立された。JR両国駅の
すぐ近くにある。

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回向院から橋に向かって少し歩くと、イノシシ料理の「ももんじや」がある。
いちどは食してみなければと思いつつ、今日まで実現していない。

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橋のたもとには「葛飾北斎の浮世絵」案内版があった。北斎は何度も引越をしたが
ほとんどが本所エリア内だったらしい。

橋を渡ると、そこからはお江戸の中心地「本来の武蔵国」で、現在の住居表示
では、橋を背にして左が中央区日本橋、右が台東区柳橋になる。

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左方面の薬研堀は七味唐辛子の発祥地とか。ここから三越があるお江戸日本橋
まではだいぶ距離がある。

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右方面は江戸時代の花街「柳橋」だ。ここから神田川が延びている。今でも多くの
屋形船が係留されていて、江戸情緒たっぷりだ。

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神田川沿いを歩いて行くと、浅草橋につく。

Dsc_0248

ノーベル賞受賞者大村先生のお祝い垂れ幕がかかっていた。大村先生は墨田工業
高校の定時制教師をされていたこともあり、そこにもお祝い垂れ幕があった。
(墨田工業高校は我が家からも近い。私が自慢することじゃないけど‥^^;)

Photo_2

浅草橋界隈はいくつもの区が入り組んでいる。

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まっすぐ行けば千代田区で秋葉原へ、右に行けば台東区で浅草へ、左に行けば
中央区で日本橋にたどりつく。

道路標識を見ていたら「清洲橋」という名称が目に入ったので、それにつられて
左方向に歩くことにした。清洲橋を渡って帰れば、1日で2つの橋を渡ることが
できるわ。

でもここから清洲橋までたどり着けるかが問題だ。
江戸時代の新興住宅街だった川向う(つまり墨田区側)は、区画整理がされて
いて道がまっすぐなのだが、江戸の中心地は道が斜めに延びていたり、小路が
入り組んでいたりで、迷子になりやすい。

隅田川に沿ってまっすぐ歩いているつもりでも、そもそも自然の川である隅田川
自体が蛇行しているので、すぐ「あれ、隅田川はどこ?」って感じになってしまう
のだ。(ちなみに本所深川エリアの運河はたいてい真っ直ぐだ)

ま、地図を持たず、当てにならない勘だけを頼りにする私が悪いんだけど。

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この日も案の定予定していなかった「浜町公園」に着いてしまった。近くには
明治座、TCA、人形町などがある。でも目指す清洲橋はどこら辺かわからない。

Dsc_0263

公園は隅田川に接していたので、堤防に出てみると、右に黄色い「新大橋」が
見えた。清洲橋はもうひとつ河口側にあるらしい。

Dsc_0265

そこで計画変更し、新大橋を渡ることにした。
「新」とは言っても隅田川では3番目に古い橋だ。千住大橋と両国橋のあとに
新しくできたので、この名前になったらしい。(両国橋は大橋と呼ばれていた
こともあったとか)

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この辺りでは地図を手にウォーキングする人を沢山見かけた。
やっぱり地図は必需品だよね。

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新大橋を渡って地図を見たら、あらら、両国がすぐ近くなのだ。ぐるぐる歩いて
けっきょく元の場所に戻ってきた。結果オーライってとこか。

両国駅近くのコーヒーショップで疲れをとり、この日の橋から散歩は終わった。

2015/11/15

超高齢化社会進行中

最近のテレビ番組で人気(!)があるのは、「超高齢化社会」に焦点を当てた
ものだ。「下流老人」「ゴミ屋敷化する実家の片づけ」等々‥。
なかでも多いのが「認知症」関連だろう。

今家族の認知症で悩んでいる人もいれば、近い将来自分が認知症になるのではと
不安を感じている人も少なくない。だから関心が高く、番組の視聴率も高くなる。

昨日の番組では「認知症の予防」を取り上げていた。
それによると、週3回息が切れるくらいの速足で1時間ほど歩けば、認知症予防に
大きな効果があるんだとか。
速足で1時間歩き続けるのはかなり大変だが、休み休みならできそうだ。

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今日は午後にお天気が回復したので、善は急げとばかり、近所の公園にウォー
キングにでかけた。まずは、普段めったに行かない「猿江恩賜公園」に向かう。

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この公園は江東区に属するが、墨田区との境界から南に延びている。
だから江東区に隣接している錦糸町からも近い。我が家からだと、駅前の錦糸
公園と変わらない距離だ。

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自然のなかの紅葉とは比べようもないが、それでも下町の繁華街とは思えない
豊かな林がある。

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すぐ近くには「都立墨東病院」がある。その脇を南北に流れるのが「横十間川」、
東西に流れるのが「堅川」だ。どちらも江戸時代の運河だが、現在の地図では
「横十間川」がタテ、「堅川」がヨコに表示される。この二つの運河がおおむね
墨田区と江東区の境界になっている。

今日の散歩で「墨東病院の近くに葬儀社がいくつかある」ことに気付いた。
堅川沿い(首都高速沿い)にラブホテルが軒を並べているのは知っていたけど、
葬儀社もあるんだわ。

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江東区側の横十間川沿いを歩き、錦糸橋を渡ると墨田区に入る。

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この北斎通りは錦糸町駅前を通り両国の江戸東京博物館まで続いている。
すぐ右手にあるのが「錦糸公園」だ。

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バラがひっそり咲いていた。

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ここも避難場所になっているんだろう。ちなみに我が家は避難場所が自宅なのだ。

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毎週イベントをやっている錦糸公園、今日は「鬼平犯科帳まつり」だった。

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やっぱり高齢者が多いな~。

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鬼平犯科帳に登場する料理があった。軍鶏鍋は鬼平犯科帳でおなじみの料理だ。

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北斎麦酒なんてあるのね。私は日本酒のほうが好きだけど。

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区役所の人だろうか。こんな宣伝隊も。

Dsc_0197

先日図書館に行ったとき写した「すみだ北斎美術館」。想像していたより大きい
建物だ。

せっかくここまで速足で歩いてきたというのに、ここで足が止まってしまった。
もっと歩かなくちゃ。

2015/11/04

錦糸町からスカイツリーまでお散歩

東京スカイツリーが出来てからというもの、錦糸町駅周辺はずい分と賑やかに
なった。錦糸町からバスや地下鉄に乗り換えたり歩いたりして、スカイツリーに
行く人が増えたからだ。

Omotenasi
(錦糸町はエスニックタウン)

Photo
(錦糸町北口の案内図とマップ)

私のウォーキングも、スカイツリーか江戸東京博物館に向かうコースが多い。
スカイツリーのほうが少し遠いが、30分くらいで着く。エクササイズとしては、
これくらい歩かないとね。

祝日の昨日は東京スカイツリーコースでウォーキングすることにした。

駅前広場に面した駄菓子屋「エワタリ」で、いつも食べるチョコレートを買う。
安いスーパーでも「298円+税」なのに、ここは税込み275円なのだ。

Photo_2
(うまい棒という垂れ幕のビルがエワタリ)

錦糸町駅を背にして、右がわの広い四ツ目通りから左がわの大横川親水公園
までが東京スカイツリータウンの横幅にあたる。その間に何本かの通りがある。

Photo_3

その中から「タワービュー通り」と名付けられた道を行く。
この道はスカイツリーの正面にあり、電信柱を取り払う工事が進められている。
見晴らしは良いが、駅から少し離れるせいか人通りはあまりない。

この通りの右手にある業平小学校は、野球の王さんの出身校だ。

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その業平小学校から一つ先の小道を左に入ると、お城の和菓子屋「森八」がある。
私はここの最中が好きで、まとめて買って冷凍し一個ずつ食べていた。栗入りじゃ
ない普通の最中がいい。

でも血糖値が上がるので、今は食べるのを控えている。

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そこからスカイツリーは目の前なのだが、昨日はもう少し横道を歩き、「たばこと
塩の博物館」に行った。渋谷からこちらに移転して初めての特別展「浮世絵と
喫煙具」が11月3日から始まると新聞に載っていたからだ。

「たばこと塩の博物館」に入るのはオープンの日以来だ。オープンの日も入場無料
だったが、この日も祝日で入場無料だった。まあ入館料は安いから、払っても
いいんだけどね(^^;)

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モニターが並んでいるコーナーがあった。塩に関するクイズと映像ライブラリーで
時間をつぶす。この日は祝日のせいかけっこう入館者がいた。

この博物館は裏側の入口が大横川親水公園に面している。大横川親水公園をぶら
ぶら歩いて数分で、東京スカイツリーがある業平橋に着く。

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東京スカイツリーの4階広場で「焼酎と泡盛のイベント」をやっていた。
米焼酎と麦焼酎と芋焼酎を試飲してみたが、量が少ないので酔っぱらうという
ことはなかった。

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最近は私も焼酎を飲むことが多い。

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