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2015年10月

2015/10/31

今日はトーハク(東博)

10月は平日フル勤務で、あまり余裕がなかった。
まあこの年齢で仕事があるだけマシだけど。

今日は朝からどんより曇り空で、すっかり晩秋の肌寒さだったが、こんな日には
頑張ってウォーキングしなければと「トーハク」まで足を延ばした。

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(トーハクでは秋の庭園公開中だった。春と秋に庭園を散策することができる)

表慶館で開催中の「ブルガリ展」以来だから、トーハクは一か月ぶりくらい。
本館を中心に見て歩く。

収蔵品が多いので随時展示替えが行われ、いつ来ても新しい発見がある。
最近は刀剣に人気があるらしく、専用の部屋に説明パネルがかかっていた。
私にはどれも同じに見えてしまうんだけど、沢山の人が熱心に刀を眺めていた。

トーハクには長沢芦雪と良寛の作品が多いような気がする。私が関心あるから
そう感じるのかもしれない。

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良寛さんの書。良し悪しは分からないが、柔らかい文字だ。

仕事のせいでここのところ歩く時間が少ない。運動不足気味で、本館を歩き回った
だけでグッタリしてしまった。

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でもリニューアルオープンした平成館の「日本の考古展示室」に行ったら、元気が
出てきた。先週「奈良まほろば館」で「人のかたちの埴輪はなぜ創られたのか」
というセミナーに参加したばかりなので、埴輪を見る目も多少は違ってくる。

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(国宝の武人埴輪)

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癒されるな~。この笑顔。

まほろば館のセミナーでは「橿原考古学研究所」の方がお話をしてくれた。
その橿原市の「新沢千塚古墳」から発掘されたきらびやかな装飾品の数々も展示
されていた。古代のロマンを感じるな~。

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日本各地の名だたる遺跡や古墳の発掘品&文化財を、いちどに見ることができる
この「日本の考古展示室」は、疲れた足を引きずってでも見る価値があると思う。

2015/10/25

今週は横浜のミュージアム

今週の火曜日、ちょっと横浜まで足を延ばし、「神奈川県立歴史博物館」に行って
きた。今年は春先に、柏崎の妹と横浜中華街でご飯を食べた。それ以来の横浜だ。

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行きは横浜駅から30分ほどの距離を歩いた。とくに暑くも寒くもないウォー
キング日和だった。

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ビル街を貫く広い街路にはベンチと花壇が並び、ウォーキングには申し分ない
環境だが、私の好みから言うと整い過ぎていて面白味に欠けるのが難点かな。

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「あべのハルカス」ができるまで日本一高いビルだった「横浜ランドマーク
タワー」の中をちょっとぶらつく。

目指す博物館は「みなとみらい21」の先の「馬車道」にある。
この博物館には何度か来たことがある。と言うより、この博物館が目的で横浜に
くることが多い。
今回の目的は開催中の「五姓田義松展」、没後100年~最後の天才~という
サブタイトルが付いている。

じつはこの展覧会はNHKの「日曜美術館」で知った。それまでは五姓田義松と
いう画家がいたことさえ知らなかった。

亡くなる前日のお母さんを描いた絵に、もっとも強い印象を受けた。
とても江戸時代に生まれた人の作品とは思えなかった。義松は1855年(安政2年)
江戸生まれ。

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馬車道には横浜の歴史が滲んだ風情のある建造物が多い。

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旧横浜正金銀行本店の神奈川県立歴史博物館も、もちろんその内のひとつ。国の
重要文化財に指定されている。

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やっぱり歴史ある建物はいいね。中にいるだけで落ち着くのだ。
ところで、ゆかりの人物の写真のなかに永井荷風があるのにはビックリした。
銀行のニューヨーク支店やリヨン支店で勤務していたと書いてあったが、どう
考えても永井荷風と銀行員はミスマッチだよね~。

五姓田義松展と縄文から近代までの常設展を見てから、館内の喫茶店でロール
ケーキとコーヒーでひと休みした。

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外に出ると、博物館のすぐ脇にこんな看板があった。え~っ、安い。ロールケーキ
なんか食べるんじゃなかった。こっちのほうが良かったと、後悔しても後の祭り
なのだった。

帰りは「馬車道通り」を歩いて関内からJRに乗った。

それにしても、どこもかしこも高齢者ばかりだ。横浜に行ったのは火曜日だった
から入館者も高齢者ばかりだったが、各種無料セミナ-への参加も、分野を問わず
高齢者がほとんどだ。

学習の秋になったから尚更だ。もちろん私もそのうちの一人。
ちなみに私の最近の学習内容は、先週「葛城県と巨勢氏・蘇我氏」、昨日の夕方は
「人のかたちの埴輪はなぜ創られたのか」で、ともに関連する奈良県の市町村から
講師が派遣された。

葛城に関するセミナーで、御所市の役所の人が「こんな地味なテーマで人が集まる
のかと心配したが満員になって安心しました」と言っていたが、「いえいえ東京
ではそんな心配はまったく必要ないですよ」と私は言いたい(^o^)
参加したくても定員オーバーで参加できないセミナーがたくさんあるのだから。

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講演の内容はすぐ忘れてしまうが、それでも必ず初めて聞く情報があるので、
多少は知識が増える。むしろ地味なセミナーほど有難い。

2015/10/12

最近行ったミュージアムいろいろ

最近見たミュージアムや展覧会のうち、私のベスト1が「東京国立近代美術館」
開催中の「特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示」だ。

藤田ときくと、まず思い浮かべるのが乳白色の女性とネコの絵だが、この美術館の
藤田作品の最大の特徴は戦争画ではないだろうか。

まず4階に上がり見慣れた淡い色調の作品を鑑賞し、3階に降りると、まったく
異なる戦争画の大作が展示されている。あまりにも対照的な画風なので、同じ
画家の作品とは思えない。でもどちらも、描いたのは紛れもなく藤田嗣治なのだ。

藤田の戦争画は、この美術館でこれまでにも何度か見ているが、こんなに沢山の
作品を一度に見たのは初めてだ。圧倒される。
戦争画の是非はともかく、藤田の画家としての能力をこれでもかと見せつける
大作の数々だった。

藤田が制作した日本紹介映像も流れていた。もっともこのフィルムは、日本の
子供たちがみすぼらしいと当局から批判され、お蔵入りになったらしい。
(ちなみに、この映像のタイトルでは、嗣治がtugujiになっていた。
この映像を見て、私は秋田の風景を連想した。秋田県立美術館の「秋田の行事」を
見に行かなくちゃ。

その日は雨が降る9月の平日だったので、入館者は少なく、外国人のほうが多い
ほどだった。おかげでゆっくり鑑賞することができた。

Photo

つづいて行ったのは東京国立博物館「表慶館」で開催中の「ブルガリ展」
宝石の鑑識眼ゼロの私だけど、デザインとアクセサリーを身につけた有名人の
写真は、たっぷり楽しむことができた。
ブルガリの宝飾品は人を選ぶのかもしれないけど、これを身につけることで人を
変えるってこともあるだろう。

それにしても、永遠の輝きを誇る宝石の前では、人間が花開いている時間はあまり
にも短い。今は亡き女優さんの写真を見ながら、しみじみ思うのだった。

この連休は妹と京成電鉄「下町日和きっぷ」を利用して谷根千や柴又に行った。
1日券500円とお得なきっぷ。これで上野、谷根千、柴又、安い呑み屋街で
最近は全国人気の立石、そして東京スカイツリーのある押上に行くことができる。

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私の目的は「柴又八幡神社古墳」だ。東京下町では唯一の前方後円墳で、帽子を
被った「寅さん埴輪」や首飾りをつけた「さくらさん埴輪」などが発掘されて
いる。

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もっとも埴輪は地元博物館に行かなければ見られないし、横穴式石室も普段は
見ることができない。柴又八幡神社は祭礼を明日にひかえ、地元の人が準備に
余念がなかった。

Photo_3

柴又といえば、何といっても「映画、男はつらいよ」の寅さんだろう。
その舞台になった「柴又帝釈天」の参道を歩くと、長い年月風雨にされされたと
思われる門とお堂が見えてくる。

連休ということで、かなりの観光客で賑わっていた。
観光客は表示や地図を見ながら同じコースを歩く。つまり「寅さん記念館」
「山田洋次ミュージアム」そして江戸川の「矢切の渡し」だ。

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矢切の渡しでは、ちょうど観光客を満載して渡し舟がやってきた。対岸は千葉県
市川市。先日訪れた行徳も市川市になる。

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(江戸川河川敷)

渡し舟を眺めながら、先日多摩川を渡れずに引き返したことを思い出した。
あの時渡し舟があったら、あんなに苦労しなくて済んだのになあ。

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帰りは草団子を食べ歩きしながら駅に行き、柴又から東京スカイツリーのある
押上で降りた。
柴又から押上の隣駅高砂を通って羽田空港まで直通電車があるのは、ちょっとした
発見だった。最近は電車の乗り入れが多いので、出かける時には下調べしなくちゃ。

2015/10/04

近場の遺跡&史跡めぐり(3)

東京古墳のあとは、江戸時代に塩と舟で栄えた町「行徳」に向かった。

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流通の大動脈として、江戸には数多くの運河が造られた。
日本橋箱崎には江戸時代に「行徳河岸」があり、人や塩など物品が行きかって
いた。その江戸の繁栄をささえた町のひとつ「行徳」に、いちど行きたいと思って
いた。

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(現在の箱崎)

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もっとも行徳駅に降りるのは初めてではない。昔友人が行徳駅近くに住んでいて
訪れたことがあるし、ここで親戚の葬式があって来たこともある。
でもその程度のかかわりだから、町の記憶はほとんどない。

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名所旧跡は駅からあまり遠くない地域にあるので、散策にはもってこいの町なの
だが、歩道のない行徳街道を車がひんぱんに走るので怖い。

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(クネクネと蛇行しているところもある。だいぶ怖い)

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でも街道沿いに古い建物があるので、歩かないわけにはいかない。

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(路地奥の小さな神社)

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街道をしばらく歩いてから、旧江戸川の堤防に出た。
ここから日本橋に向けて舟で塩が運ばれた。
その繁栄をしのばせる常夜灯が記念碑のように残されている。

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この日は気温が高く、しかも古墳めぐりをした後だったので、体力がもう残って
いなかった。それで観光はここまでにして、駅に戻ることにした。

帰りは住宅の間の狭い「権現道」を歩いた。この道は徳川家康が鷹狩の際に通った
のだという。この裏道は車が通らず歩きやすかった。

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この道のかたすみで小さなお地蔵さんを見つけた。隣りは駐車場。
お地蔵さん、車に気をつけてね。

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もう少し歩くと、住宅街の一角に先祖代々と思われる墓所があった。

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墓所のすぐ脇にはゴミ置き場が‥‥。
どこでもゴミ置き場の設置場所ではもめる。自宅前に置かれたくないからだ。
仏様は文句を言わないので、この場所になったのかな。

古い宿場町は裏道にも見どころがあって、楽しくウォーキングすることができた。

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