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2014/09/19

春秋航空の旅、上海(2)

日本の高度成長期を上回る勢いで変貌する中国。その中国最大の都市(人口で)が
上海だ。第二位は北京。でも面積では北京のほうが圧倒的に大きい。

(上海の面積は6340.5平方キロ、1998年の年末時点で人口1464万人。
北京の面積は1万6800平方キロ、人口は1382万人。)

実際に街歩きすると、その違いがよくわかる。上海は狭い中心部に地下鉄網が
張り巡らされているので、移動しやすい。道幅も東京などと同じくらいで、歩き
やすい。

それに対して北京は、建物も道幅も公園も、何でも大きい。天安門広場を横切り、
故宮の入口にたどり着くだけで、疲れ果ててしまう。

でも北京には胡同のような路地裏がまだ残っていて、歴史と昔ながらの文化を
味わうことができる。上海の中心地では、胡同のような庶民的な通りを見かけた
ことがない。ま、私が知らないだけかも。

上海では特に観光目的というものが無かったので、とりあえず駅と空港に行って
みることにした。東京の「中国国家観光局」から貰った手のひらサイズの冊子が、
小さいにも関わらず必要事項がなんでも載っていて、とても役に立った。
どうやら上海万博時に作ったものらしい。作りすぎて余ってしまったのだろう。

Dsc_0375

まず上海駅に行き、隣接する長距離バスターミナルを調査。今回は足が痛くて
遠出できないが、次回は近郊の水郷地帯に行きたいので、下調べしておこう。

Dsc_0377

それから、お昼ご飯を食べに人民広場に向かった。この駅周辺は上海観光の
中心地で、ミュージアムや有名なショッピング街「南京路歩行街」などがある。
この駅ビルの「鎌倉パスタ」で、ランチを食べた。日本と同じ味だけど、地元の
人で満員だった。

食後は、人民公園内にある「上海美術館」と「上海現代美術館」に行くことに
した。

Dsc_0384

公園に入ると目に飛びこんできたのが、傘の波。最初は傘の路上販売かと思った
ほど。

でもこれが噂の「親の婚活」だとわかるのに、そう時間はかからなかった。
「親の婚活」といっても、親が結婚するわけではない。なかなか結婚しない子供に
代わって、親同士が子供の結婚相手を探すのだ。いちどテレビニュースでこの
様子を見たことがある。

Dsc_0387
(子供が海外在住者のコーナー)

子供の年齢、身長、学歴、職業などを書いた紙と、希望する相手の条件などを
書いた紙を、傘に貼ってそこらへんに並べておく。もちろん路上に直接置いている
「釣り書き」も多いが、傘というのはグッドアイディアだと感心した。

Dsc_0383

傘ならどこにでも置けるし、目立つし、持ち運びも簡単だ。暑い日には日傘に
なるし、雨の時には雨傘になる。

Dsc_0389_2

中高年の皆さんは、真剣な表情で釣り書きを見て回り、メモしている人もいる。
もちろん、やむにやまれず来ている人も多いだろうが、同好の士の集まりといった
趣もあった。

その後で近くの「上海現代美術館」に行ったが、「親の婚活」のインパクトが
強すぎて、美術館はだいぶ物足りなかった。
小さなミュージアムグッズコーナーがあったが、半分以上は草間彌生の作品を
モチーフにしたものだった。展示作品には草間彌生がなかったけど、どうして
なのかしら?

Dsc_0394
(美術館最上階のレストラン。ここでお昼を食べたほうが良かったかな)

Dsc_0399

それから「上海美術館」に行ったら、何と閉鎖されていたので、そばのスタバで
コーヒーブレークがてら、次の行き先を考えた。

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旅・中国」カテゴリの記事

コメント

傘を使った親の婚活、面白いですねぇ〜
一石二鳥というかうまく利用してますね。
上海は1994年ごろ個人旅行で行きましたが、上海の日本担当の外交官が知り合いだったので案内してもらえました。
北朝鮮担当の楊シンカさんに接待してもらったのですが、今はどのポジションにおられるのだろう。
その後21世紀になってから二回上海訪れてます。
街の急激な変化と変わりばえせね中国人気質、上海は奥深いところですね。
しかし共産党全盛の時代の上海空港降りた時の初めて嗅いだ異国の匂いは今でも蘇ります。


ulalaさん、ずいぶんハイグレードのガイドさんでしたね。私なんかが行けないところを、案内してもらったんでは?

私も最初に中国(北京でしたが)に来たときの、カルチャーショックを覚えていますよ。ホテルニューオータニ内の旅行代理店で、「洛陽への寝台車とホテルの予約」を頼んだんですが、やたらと時間がかかりました。あげくに「ホテルに電話してみるけど、電話代はあなた持ちよ」なんて言われて‥‥。その電話もなかなかつながらないという有様でした。

その後中国各地を旅したので、だいぶ免疫ができたみたいで、上海は東京の続きみたいな感覚です。

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