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« 「すみだまち歩き」で1万歩をめざす | トップページ | 時代小説散歩(その弐) »

2013/12/15

時代小説散歩

好天に誘われ、土曜日は午後から「お寺めぐり&鬼平散歩」に出かけた。
すみだ区のお寺59ケ所のスタンプラリーと、鬼平犯科帳高札めぐりが目的だ。

鬼平犯科帳のほうは、スマホに「下町そら散歩」というアプリをダウンロードし、
それを見ながら歩く。なんでも、高札の15m以内に近づくとメロディが鳴って、
自動的にアプリのスタンプが押される(番号の色が変わる)らしい。

Photo

最初に訪れたのは、お寺めぐりと鬼平ゆかりの地が重なる「弥勒寺」だ。
区役所に行くとき、コミュニティバスでよくこのお寺を前を通ったが、降りた
ことはなかった。

弥勒寺は鬼平犯科帳だけでなく、藤沢周平の時代小説にもよく出てくる。
江戸時代はかなり有名なお寺だったのかな?

Photo_2

でも現在の弥勒寺は小さくてヒッソリとしていた。ここには鍼術の杉山和一の
お墓がある。(詳しいことは?)

Photo_3

Photo_4

すぐ近くにあるのが、鬼平が「本所の銕(てつ)」と呼ばれていたころ世話に
なったお婆さんがやっている茶屋「笹や」だ。もちろん架空の人物でありお店
だけれど。

Photo_5
(近くにこんなレトロなお店があった)

Photo_6

笹やから少し歩くと、竪川にかかる「二の橋」がある。小説で、このたもと
にあるのが「軍鶏なべ屋五鉄」だ。藤沢周平の小説にもよく出てくる橋だ。

Photo_7

二の橋を渡り左に行くと本所松坂町だ。
ちょうど「赤穂浪士討ち入り」の「元禄祭」開催中で、狭い路地は人波でごった
返していた。

Photo_8

弥勒寺とその周辺のいくつかのお寺からスタンプを貰い、次に目指すお寺は
吉良邸からすぐのところにある「回向院」だ。

Photo_9

回向院にある「ねずみ小僧次郎吉」のお墓の前は、いつになく人が多かった。
忠臣蔵観光の人が立ち寄ったのだろう。

それから両国駅~江戸東京博物館と通って、蔵前橋通りに出た。
この道を錦糸町方面にずんずん歩くと、途中にあるのが「法恩寺」だ。

Photo_10

ところが、ここにきて、スマホにインストールしたアプリ「下町そら散歩」が
うまく作動しない。高札に近づいてもウンともスンとも言ってくれない。

私の操作の仕方が悪いのか、スマホが悪いのか、アプリに問題があるのか‥‥。
お寺めぐりにも鬼平にも間違いなく縁がある「法恩寺」が、アプリの地図に載って
いないのだ。そんなことって、ある?

すっかり気勢をそがれてしまって、スタンプも貰わず、また出直すことにした。

ここには法恩寺とその末寺(塔頭というらしい)などお寺がいくつもある。
どこもヒッソリとしていて、何だか旅館みたいな佇まいで、入りにくい。
錦糸町駅から徒歩10分ほどなので、アプリがちゃんとなってから、再訪しよう。

Photo_11

塔頭のひとつ「千栄院」の墓地を歩いて行ったら、「たんぼとけ」と書かれた
石碑が目に入った。「たん・ぜんそく・百日咳」から守護してくださるらしい。
最近咳が出て困っているので、大晦日にでも必ずお参りにこようと、決意した
私だった。

Photo_12
(千栄院の墓地から見たスカイツリー。目立ちすぎて、墓地の雰囲気が‥‥^^;)

ところで、今回は主に鬼平犯科帳ゆかりの地をめぐるウォーキングだったが、
私が最近読んでいるのは藤沢周平の時代小説だ。

主要な登場人物が活動する舞台が本所深川一帯で、竪川、小名木川、二ツ目橋
(現二の橋)など、馴染みの地名や場所が数多く出てくる。
もちろん知らない町名も多い。江東区の深川や木場あたりの町名は、今も同じ
なのかそれとも変わっているのか、どの辺にあるのか見当がつかない。

そんな時重宝するのが「江戸切絵図」だ。
だいぶ前に「もち歩き 江戸東京散歩」という本を買った。切絵図と現代の地図が
載っていて、対比できるようになっている。街角散歩に最適だと思って買ったの
だが、結局たいして見ることもなく、本棚の隅に追いやられていた。

それが、藤沢周平や鬼平犯科帳などを読むことで、日の目を見ることになったのだ。

藤沢作品(「夜の橋」「消えた女」「霧の果て」など)によく出てくる亀沢町、
黒江町などは今も残っているが、海辺大工町はもうない。切絵図を見ると、海辺
大工町は川岸にいくつもあるけれど、何故かしら?

やっぱり馴染みのある土地だと、江戸時代の佇まいが自然と思い浮かんできて、
臨場感がある。藤沢周平の「虚ろな家」には、業平橋、小梅代地町、柳島村が
出てくる。ちょうどスカイツリーのある場所だ。

こんな風に地図を比べながら読むと、ごちゃごちゃして見る気も起きなかった
切絵図の町や川や橋が、いきいきと感じられるから不思議だ。

藤沢周平も池波正太郎も、この切絵図を見ながら小説を書いたのかな。

(写真をクリックすると拡大します)

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コメント

かつてストーリーだけを追って読んでた時代小説。
この年になると、少しゆとりが出て背景が目にとまりますね。
ところが老眼のため読書が苦しいので…。

さすが大江戸、いろいろ訪ねてみたいところたくさんありますね。
この土日、葬送の儀の最後しめくくりに戸田斎場へバスで向かいました。
荒川沿い?
TMさんが川のことを書いておられたのはもっと下流なのかな。
高島平とか今まで耳にしたことある地名も
こんなところにあったのねという感じでした。

ulalaさん、お疲れさまでした。でもこんな機会でもないと、埼玉県戸田市に来ることはないでしょう。お葬式ですから、手放しでは喜べないでしょうが、富士山を見ることが出来て良かったですね。

戸田斎場は、戸田から荒川を渡った、東京都板橋区舟渡にあるんですね。その近くに西台という団地があります。高島平の入口のような団地です。むかし知人がそこに住んでいて、何度も行ったことがあります。けっこう、あの辺も土地勘があるんですよ。なにせ私は行動範囲が広いもんで‥‥coldsweats01

荒川はどうでした?地図を見たら、隅田川と荒川放水路(荒川)に分かれる前の、荒川本流なんですね。私がいつも眺める荒川は人工河川の荒川のほうです。でも隅田川より大河です。

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