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2013年4月

2013/04/29

GWは両国へ

この間エアコンを取り替えたばかりだというのに、今度は洗濯機を交換するはめに
なった。まあ20年近くも前に買ったものだから、耐用年数はとっくに過ぎている
だろう。仕方がない。

古いほうの引取りを頼んだら、「こんなキレイな洗濯機は見たことない」と工事の
人が言う。そういえば台所のレンジファンを交換したときも、「こんなにキレイ
なのに、本当に交換するんですか?」驚いていた。
炊事も洗濯もしないから汚れないんだな~。でも褒められたって気分じゃないな。

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ところでシーズンオフしか旅行しない私なので、今年もGWは自宅でグータラ
過ごす。でもあまりの好天に誘われ、27日から「善光寺出開帳」が行わ
れている両国の回向院に行ってみることにした。

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いつも両国方面に行くときは、途中で図書館に寄るので京葉道路か北斎通りを
歩くのだが、今日は滅多に歩かない「馬車通り」を行くことにした。

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じつは私はこの通りが何故「馬車通り」なのか知らない。人通りの少ない静かな
通りだが、名所案内の高札が多い。両国に近づくと観光客らしき人の数も増えて
きた。

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「赤穂浪士討ち入りの日」以外は訪れる人も少ない「吉良邸跡」も、今日は
沢山の観光客がいてビックリした。

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(吉良邸前の和菓子屋さん。おに平だんごは売り切れだった)

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GWのせいか戦後初めての「回向院出開帳」のせいか、参拝人や観光客がドッと
押しかけ、回向院から江戸東京博物館と国技館までの通りは、模擬店やフリー
マーケットでごった返していた。

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(私が買ったのはコレ↑)

「国技館」が開いていたので入ってみた。近くに住んでいて、しょっちゅう前を
通っているというのに、私はまだ一度も国技館に入ったことがないのだ。これは
良いチャンスだわ。

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相撲博物館、観客席など見て歩く。

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(相撲甚句を披露していた)

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入口の広場にはテーブルが並び、「ちゃんこ」やドリンクなどを売っていた。

5月12日から「五月場所」が始まる。場所が始まったら、チケットを買わないと
中に入れない。

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両国はスカイツリーからも近いし、大きい観光ホテルもあるので、人、人、人で
大混雑だったが、ほんの数分歩いて「隅田川テラス」に下りると、とたんに人が
少なくなる。ジョギングする人、犬の散歩をさせる人などがたまに通る程度だ。

でも江戸東京に関心がある人なら、この隅田川散歩はけっこう楽しめるんじゃ
ないかしら。両国橋から蔵前橋あたりまでは「隅田川テラスギャラリー」になって
いて、コンクリートの護岸いっぱいに浮世絵などが展示されている。

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(北斎)

原本よりはるかに大きいので、江戸時代の風習、お料理を盛り付けた食器など
細かい部分まで観察できて、とても面白いのだ。

「両国橋渡り初め」を描いた国芳と2代目広重の絵。初代広重だったら、どんな
ふうに描いたかしら。

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(国芳)

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(2代目広重)

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明治時代のボート競走の絵葉書。対岸には応援の人々が写っている。

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龍と虎のレリーフもあった。

ずんずん歩いて「吾妻橋」まで行き、浅草やスカイツリー観光するのも良いと
思う。皇居1周ジョギングしている人なら何てことない距離だ。私でもラクラク
歩くことが出来る。

この日は浅草方面には行かず、「旧安田庭園」>と「東京都慰霊堂」
のある横網町公園を通り、予約していた本を借りに図書館に行った。

GWだから図書館は空いているかと思ったら、こちらも沢山の人が新聞雑誌を
読んでいた。この間まで大改装中だった図書館は、リオープンしたら借りるのも
返すのも全部セルフサービスになっていた。

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Nec_0004s

すぐ近くの「北斎美術館予定地」(平成27年開館予定)には、クローバーの
緑が広がっていて、その上をこんな小鳥がチョコチョコ歩いていた。
すずめじゃないのは確かだけど、何ていう鳥かな?

2013/04/25

青春18きっぷの旅(伊勢神宮)

翌朝は6:27の串本始発電車に乗った。前日に目的の無量寺に行くことが出来た
ので、翌日は伊勢神宮に行ってからホテル予約してある津に向うことにした。

「串本」には、120年前に遭難した「軍艦エルトゥールル号」の歴史があり、
今でもトルコとの縁が深い。私は歴史秘話の類が好きなので、できたら「トルコ
記念館」に行きたかったが、いずれまた熊野詣でに来るだろうから、その時でも
いいと思いなおした。

串本のビジネスホテルは古い建物で、泊り客の姿もなかったけれど、駅前だから
便利だった。チェックアウトしようとしたら「鍵をカウンターに置いていって下さい」と
貼り紙がしてあった。ちょっと無用心だわね。

このホテルは入口脇に男女共用の温泉があって、「男性の場合は鍵をかけないで
下さい」と書いてあったから、女性が入るときは貸切風呂のように鍵をかけて
入るようだ。もっとも私が行った時はまだ誰もお風呂に入った形跡がなく、だいぶ
古ぼけた印象でスパのようにわけにいかなかったけれど、硫黄(?)のような
匂いが漂っていて湯治場気分で暖まることができた。(お部屋にもバスあり)

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(伊勢市駅前は工事中)

多気で乗換え伊勢市に着いたのはお昼少し前。駅のコインロッカーに荷物を入れ、
さっそく「外宮」>(豊受大御神、とようけおおみかみ)に向う。

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駅前からすでに参道だ。「伊勢神宮の謎」という文庫本によると、昔、外宮で
参拝した人が内宮に行く途中にある遊郭でお金を使ってしまい、内宮にはお金が
あまり落ちなかったので、両神宮にはトラブルが絶えなかったのだとか。

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今は内宮のお土産街のほうが観光客で賑わっていて、外宮の参道は午前中のせいか
人通りが少なかった。

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まずは参拝。神宮の深い森が脳をしゃきっとさせてくれる。フィトンチット効果も
あるのかな。時々気持があらたまる場所に来るのも、精神衛生上良いことだと
思う。

案内図にあった外宮の別宮「月夜見宮」(つきよみのみや)に行ってみることに
した。何となく心ひかれる名称だったから。(内宮の別宮に月讀宮がある。同じ
ご祭神で、天照大神の弟神でスサノオノミコトの兄神のツクヨミ(ツキヨミ)
ノミコト)

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<外宮の北御門から真っすぐ月夜見宮に至る宮後町の道は、昔並木があり、その
道の真中は歩かない、また穢れに触れてしまった者はその道を避けて通らなかった
という習慣がありました。町の古老の伝える歌に
 宮柱建て初めしより月讀の神の生きかふ中のふる道
 月讀の宮仕へとて夙(つと)に起き通ふ神路を清めざらめや
とあり、この道は神様の通う道であると信じられ大切にされていたようです。
現在もこの道は地元の人々に「神路通り」と呼ばれ、親しまれています。>

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あわわ、こんなこと知らなかったので、道の真ん中を闊歩してしまった。
神様、お許しください。もう一度行って道を歩きなおしてこなくちゃならないわ。

実際に体験しないと知識が脳に定着しないので、いつも情報収集や事前学習が
不足している私。面倒臭がりやという面もあるけれど‥(-_-;)
そして戻ってから「あ~何てことをしたんだろう」と反省したり口惜しい思いを
するのだった。

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私が行ったとき「月夜見宮」は参拝する人も無く、宮司や巫女の姿も無かった。
こちらも式年遷宮で新しいお宮を築っている最中のようだった。

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この「月夜見宮」のすぐ近くに由緒ありそうな糀屋の看板と建物を見つけた。
新潟県長岡市の「摂田屋地区」と同じ醸造の匂いがする。

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神路通に面した駐車場に大きな看板が出ていた。どうやらレストランを営業して
いるようだ。ここまで歩いてきて、だいぶお腹が空いている。ここは是非味噌ラー
メンを食べてみようと、古い蔵を改築したレストランに入った。

美味しい味噌ラーメンでお腹いっぱいになって、明るい日の光がサンサンと降り
そそぐ神路通をまたぶらりぶらりと歩いた。神様、返す返すのご無礼をお許し
ください。

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外宮前からバスに乗り「内宮」(皇大神宮、こうたいじんぐう)に行った。

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こちらは観光客や参拝客でごった返していた。人が多すぎると、どうも厳粛な
雰囲気が薄れてしまう。でも昔は「お伊勢参り」を名目に観光旅行にでかけた
ようだから、これもまた正しい伊勢神宮参拝の姿なのかもしれない。

2013/04/23

青春18きっぷの旅(串本無量寺)

紀勢本線「亀山8:23発~多気9:36着9:43発~新宮13:20着14:00発~串本15:04着」

これを逃すと串本着18:15着しかなくなるので、亀山観光は早朝の散策だけで
済ませるしかなかった。
紀伊半島の先まで半周するだけなのに、ずい分時間がかかると思っていたら、
この路線は止まっている時間がやたらと長いのだ。

紀伊長島では30分も停車していた。
列車の窓から歴史ありそうな建物がチラッと見えたので、降りて駅前を歩いて
みようかと思ったが、雨が降っていたのでやめた。

この列車はローカル線だけど新幹線並みの立派なトイレがあった。かたわらには
「避難用具」と書かれたまだ真新しい黄色の袋もあった。地震、津波に備えて
いるんだろうか。紀勢本線は熊野の海と山に挟まれて走っているので、奥深い
自然や歴史とともに津波や土砂崩れといった災害もついてまわる。

でも津波に襲われてもこの山を駆け上がるのは無理だろうと、潅木が生い茂る
山肌を見上げながら思った。樹木にひっかかって波にさらわれずに済むのを、
祈るしかない。

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朝から降っていた雨も、串本に着いたときには止んでいた。ラッキー。
目的の「無量寺」は「雨天は収蔵庫の拝観ができない」ようなので、今日雨なら
お寺に行くのは明日に延期しなければならなかった。

開館は16:30までなので、駅前のビジネスホテルに荷物を預け、大急ぎでお寺に
向った。

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無量寺は駅前から徒歩15分ほどの分かりやすい場所にあった。

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受付で一人事務をしていた女性に襖絵を鑑賞したいと伝え、入館料1300円を払って
展示室に上がる。人の姿は無かった。ひと通り見て廻ると、次は収蔵庫に案内
すると言う。

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二重扉の頑丈な収蔵庫の中に入ると、その中には目玉作品の長沢芦雪「虎と龍」
襖絵、丸山応挙の襖絵などが整然と配置されていた。女性が見どころを説明して
くれる。

収蔵庫の原本を見終わると、次は本物の代わりにレプリカを配置した部屋に案内
された。本堂に入ると、虎の襖絵が部屋いっぱいに広がっていた。今にも飛び
かかってきそうな眼光をこちらに向けている。いきなりこの部屋に案内された
人は、さぞかし驚いたことだろう。

レプリカと言っても現代科学の粋を集めた「デジタル複製画」なので、、私の
ような素人には本物と見分けがつかない。
やっぱり襖絵や壁画は、建物とともにあってこそ存在感を発揮すると思った。
この技術のおかげで、部屋の雰囲気をそのまま体感することが出来るし、文化財も
保護できる。

「今日は午前中雨だったし、明日には展覧会出展のため荷造りを始めようかと
思っていたんですよ」と女性が言った。ぎりぎりセーフだったな。良かった、
良かった。

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お寺を出て、ブラブラと海岸沿いの道を歩いてみた。串本は海の観光地だから
夏はダイバーなどで大賑わいなんだろうが、今はシーズンオフだからひっそり
していた。

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2013/04/20

都バス1日券で花めぐり

江戸川区の雷公園(いかづちこうえん)で「御衣黄」という桜が咲いていると
いう記事を新聞で読んだ。同じ頃NHK番組「小さな旅」で足立区の五色桜の
ことを知った。錦糸町を挟んで南と北にわかれるが、ともに荒川沿いにある。
桜の季節も終わりに近づいているのでノンビリ構えていられないと、先週の
日曜日に都バス1日券を買ってお花見に出かけた。

まず錦糸町からインド人の街葛西、そこで乗換えて雷公園へ。

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(薄緑色の桜、御衣黄「ぎょいこう」)

その日はお天気も良く、荒川沿いの小さな公園は穏やか空気に満ちていた。

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八重桜も満開で、花びらが重そうだった。

錦糸町に戻って浅草まで行き、足立区役所行きバスに乗り、そこで王子行きに
乗換え鹿浜橋で降りる。12分くらい歩くと五色桜の「都市農業公園」がある。
車なら簡単に行けるんだけど、バスとなるとかなりややこしい。

そのうえ休日は足立区役所まで直通のバスがないのだ。
乗り継いで足立区役所まで行ったものの、夕暮れが近づいていて、その先は
断念せざるを得なかった。

そのリベンジで、昨日の金曜日にふたたび都バス1日券を買い、荒川土手の
「都市農業公園」を目指した。

足立区役所から王子へ行くバスに乗ったところで、このバスが途中「西新井大師」
通ることに気がついた。

西新井大師といえば、親戚が昔住んでいた。いちど行こうかと思っているうちに
亡くなってしまい、それから数十年西新井大師のことは忘れていた。

降りようか、どうしようか。考えているうちにバス停に着いてしまい、何人か
乗客が降りたのでそれにつられて降りてしまった。

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素朴な、いかにも下町という風情の参道を歩いて山門をくぐると、鮮やかな牡丹の
花が視界に飛び込んできた。

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牡丹も芍薬もいろんな種類がある。バラもそうだけどネーミングがまた
楽しい。

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藤棚も美しい。

いやあ、このお花を観賞できただけでも、途中下車した甲斐があったわ。
すっかり満足して、ふたたびバスに乗り「都市農業公園」に向った。

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平日の公園は空いていた。「五色桜まつり」もこの日曜日で終わり。

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ワシントン、ポトマック河畔の桜は、ここ「荒川堤」の桜が送られ植樹された
ものだという。平成24年は桜寄贈100周年だったらしい。

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見晴らしの良いレストランで、公園内の田んぼでつくった野菜の定食を食べた。
野菜カレーのスープをプラスしてもらって1,000円。

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有機栽培のコーヒーもつく。茶せんが付いてきたので、お茶と間違えたのかと
思ったが、苦味のある美味しいコーヒーだった。

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ハーブ園でハーブティーもいただいた。こちらはサービス。
「写真を撮っていい?」と聞いたら、わざわざポットを持ってきてくれた。

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レストランの前は荒川堤だ。ここは「関東の富士見百景」にも選ばれている。

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よほどお天気に恵まれないと、ダイヤモンド富士は見られないだろうけど。

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芝川水門と河川敷のお花畑。チューリップは強風にさらされて、ちょっと
弱っている感じ。

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土手の緑が生き生きしていて、そこにいるだけでリフレッシュできた。

荒川の対岸は北区で、ちょっと前に行った「岩淵水門」がある。
荒川と隅田川はここから別れていく。

スタンプラリーの景品で園内の桜の写真が載っているクリアファイルをもらい、
すっかり満足して帰りのバスに乗った。荒川を渡って王子に行き、駅前にある
「飛鳥山公園」にもちらっと立ち寄った。

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ここも桜の名所だけれど、ちょっと来るのが遅すぎたわ。

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王子駅前で「浅草~池袋駅東口(草64)」のバスに乗った。この路線には
気が付かなかったな~。草64なら王子乗換えで土日でも鹿浜橋に行く
ことが出来たんだ。足立区役所にこだわり過ぎたわ。

「草64」は使えそうな路線だ。ところで、いくら考えてもこの案内板に書いて
ある「耳よりなお知らせ」が何なのか判らなかった。単純に「乗り換えるなら
東武浅草駅が便利ですよ」という意味なのか?
バス代が割引になるというなら「耳より」だけれどね?

ちなみに東武浅草駅から隣のスカイツリー前駅までの料金は140円です。
(都バスは200円)

2013/04/16

青春18きっぷの旅(亀山宿)

名古屋で関西本線に乗換え、夕方「亀山駅」に到着した。

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(駅前に能褒野神社(のぼのじんじゃ)一の鳥居が建っていた。
能褒野御墓はヤマトタケルノミコトの墓で、ミコトが白鳥に姿をかえて大和に向かい
飛び立ったという伝承があり、現在も宮内庁により管理されている)

ここまで、始発駅で乗り終着駅で降りるというパターンで乗り継いできたので、
心身ともにゆったりすることが出来た。

東京の勤め人には、通勤時間が片道2時間なんて人がザラにいる。ラッシュに
もまれ、立ちっ放しで、毎日毎日電車に揺られている。乗換えだって必死だ。
そんな痛勤にどっぷり浸かっている人なら、「青春18きっぷ」は癒しの旅かも
しれないなと、ふと思った。電車の振動に身を任せ、ウトウトうたた寝しながら
2~3時間過ごせるなんて、極楽みたいなものだもの。

ホテルはいつものようにネットで探した。パソコンのパンフなどで「液晶の亀山
モデル」というフレーズを目にしていたので、時代の最先端製品をつくっている
ところならビジネスホテルがあるはずと思ったのだ。

私はビジネスホテルが好きだ。ビジネスマン向けだから、狭くても居住性には
配慮してあるし、土、日、祝日はビジネスマンが宿泊しないので空いていて、
宿泊料が安くなったりする。

欧米の大都市(ローマ、NY、ロンドンなど)の、宿泊料だけ一流のホテルに
泊まったりすると、「日本のビジネスホテルに学べよ~」と言いたくなる。

もっともビジネスホテルとひと口に言っても千差万別だ。私の少ない体験から
すると、大都会のホテルほどコストパフォーマンスが良い。競争が激しいから
だろう。これまで利用したホテルの中のナンバーワンは大阪のホテルだ。私が
泊まった後、姪が平日にそのホテルを予約しようとしたが、満室だったとか。

亀山のホテルはかなり古い建物だったが、2食付で5,500円とすこぶるリーズ
ナブル。駅から徒歩10分くらい。隣に大きなスーパーマーケットがあったので、
食事つきにしなくても良かったけれど、ホテルの食事は朝夕とも町の食堂の定食
って感じで、私好みだった。朝は60代くらいのおっとりした雰囲気の女性が一人で
サービスしていて、私を見ると「青春18きっぷですか~?私も最近始めたんで
すよ~」と声をかけてきた。

シャープ経営不振のあおりを受けているのか、亀山市もホテルも活気がない気が
した。まあ土曜日だから、どこもお休みだったんでしょうね。

亀山については、あまり詳しい知識がなかった。串本に行く交通の便を考えて
ここに泊まることにしたのだが、詳しい鉄道路線や時刻などはホテルの部屋で
スマホの「乗換案内ソフト」で調べた。ホテルなら充電しながら調べられる。

亀山から紀勢本線で「多気」まで行き、そこで新宮までの線に乗換えなければ
ならない。それから新宮で「きのくに線」に乗り串本に行く。本数が少ないので、
のんびり構えていたらその日のうちに到着出来ないかも知れない。

朝8時23分亀山発だと乗換も比較的スムーズで、午後3時ごろに串本に着くことが
分かった。それより後だと、串本に着くのが6時過ぎになってしまい、その日の
うちに目的の無量寺に行くことが出来なくなる。どんなアクシデントが起きるか
分からないから、早め早めに行動しよう。

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翌朝は、ホテルで貰った立派な「亀山宿パンフ」を片手に、列車の時刻まで亀山
市内を散策した。日曜日の早朝だから市内は人通りもないが、散策にはもって
こいの環境だ。

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着いたときは夕方だったからうら寂しいイメージだったが、こうやって市の中心を
歩いてみると、宿場町の雰囲気と整備された街並みがマッチした住みやすそうな
町だ。

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我が住まいのすぐ近くに伊勢亀山藩の下屋敷があったというご縁もあって、亀山市
歴史博物館でもっと亀山藩について学習したかったが、今回は串本の無量寺が
最優先なので諦めた。古代史にも深く関わっているようなので、是非再訪して
その時はじっくり1日かけて歩こうと思う。

2013/04/12

青春18きっぷの旅(藤枝宿)

1日目は東京から亀山まで。東海道本線は列車の乗り継ぎが簡単なので、距離的
には遠いけど時間的には余裕がある。それで途中下車して観光することにした。

最初は、どうせ降りるんだから乗換駅周辺を歩いてみようかと思った。どこで
降りても宿場町の名残はありそうだ。でもその時ふっと頭をよぎったのが、お正月
以来参拝していないMy神様「少彦名命」。どこか少彦名命を祀っている神社は
ないものかとネット検索して見つけたのが、藤枝市の「飽波神社」だった。

Photo
(広重 藤枝「人馬継立」)

お天気が悪かったら藤枝観光はやめるつもりだったが、この日は東京こそ肌寒
かったものの、静岡県に入るとお日様が顔を出し、「藤枝」に着いた頃には
汗ばむほどの陽気になった。

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藤枝駅は予想外に近代的な駅舎だった。町も整然としたイメージ。
駅前の観光案内所で市内マップをもらい、さっそく神社方面に向うバスに乗る。
地元の人がいろいろ教えてくれたので、神社はすぐに見つかった。

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広い駐車場のある立派な構えの神社だが、参拝客は少なかった。初詣やお祭りの
時には、きっと氏子さん達であふれるんだろうけど。

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神社の歴史は古く「仁徳天皇時代(316年)に飽波郷(旧藤枝一円)の鎮護の
神社として創設された伝統と格式ある神社」(藤枝市観光協会のサイトより)と
のこと。

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神社のすぐ近くが旧東海道藤枝宿だったので、来る時バスの窓から見た桜満開の
川(瀬戸川)まで街道を歩く。

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「藤枝桜まつり」のポスターがあちこちに貼られていた。ちょうど桜まつりの
日だったのだ。

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街道沿いの商店では思い思いのお雛様が飾られ(ひな街道とか)、ウォーキング
大会なども開かれ、ウキウキした春の雰囲気いっぱいで、通りすがりの私も楽しさを
おすそ分けをしてもらった。

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(老若男女が歩け、歩け。駅で皆さんスタンプ貰っていた)

その後乗り継ぎ駅の「浜松」で鰻を食べに改札を出た。駅のすぐ近くのうなぎ屋
さんで、一番安い鰻重2,200円を食べた。東京で食べる鰻重と味は変わらなかった。

乗り継ぎなどで立ち寄った駅は以下のとおり。
東京~熱海~藤枝~浜松~豊橋~名古屋~亀山

2013/04/07

青春18きっぷで何処に行こうか

青春18きっぷで何処に行こうか。
広重「東海道五十三次」にならって東海道にしようか、それとも本所にお屋敷が
あった弘前藩津軽家の国許を訪ねようかと、ちょっと迷った。

「武家地創出」という資料展で、弘前藩津軽家の文書が本所の歴史を知る上で
欠かせないものだと知った。本所は災害続きで、貴重な資料はほとんど残って
いない。頼りになるのは、「本所に過ぎたるもの二ッあり、津軽大名、炭屋塩原」
と謳われた津軽藩なのだ。いちどは弘前城を訪れないと‥‥。

でも北方面は天候がネックだった。寒い時期の旅はもうこりごり。

西の方向なら串本の無量寺に行きたいが、東京からいきなり串本までは無理だ
から、どこか途中で1泊しなければならない。紀伊に近い「関宿」などは旅行本
にも載っていて良さそうと地図を見ると、関宿の隣の亀山が紀勢本線の始発駅で、
移動に便利だと分かった。

亀山といえば、「液晶の亀山モデル」という名を、この私でさえ耳にしたことが
ある。そういう町ならビジネスホテルもあるだろう。国内一人旅ではビジネス
ホテルに泊まるのが好きな私なので、情緒のある宿場町の旅館よりこちらの方が
いい。

でも弘前藩にも心がひかれる。三内丸山遺跡にも行ってみたいし‥‥と、ネットで
「すみだの大名屋敷」というサイトを覗いてみたら、我家から近いところに「伊勢
亀山藩下屋敷」というのがあるではないか。

今の今まで「伊勢亀山藩」なんて知らなかった。これも何かのご縁かな~と、
これが決め手になって亀山に行くことにしたのだった。

Photo

調べてみると、亀山は宿場町で広重もちゃんと描いている。見どころも多そうだ。

少し知識も仕込まなければと、文庫本「決定版東海道五十三次ガイド」(講談社
+α文庫)と「伊勢神宮の謎」(高野澄著)(祥伝社黄金文庫)を買った。
文庫本なら持ち運びにも便利だし、深い内容じゃないので読みやすくて私向きだ。

ところで「決定版東海道五十三次ガイド」の中にこんな話が載っていた。

「東海道といえばお江戸日本橋と京都三条大橋の間の五十三次と思われているが、
実際は伏見、淀、枚方、守口の四宿を加え、大阪京橋までの五十七次が東海道
だった」

あらあ、守口といえばulalaさんの本拠地、宿場町の名残があるのかしら?

2013/04/06

青春18きっぷの旅、紀伊半島を行く

日本列島を春の大嵐が襲っている。
テレビを見ていたら、ニュースで「紀伊勝浦」の住民に避難命令が出たと伝えて
いた。あと1週間ずれていたら、串本には行けなかったな~。

旅はお天気に左右される。そして気候はいつも想定外だ。

亀山から串本に向って紀勢本線、きのくに線にコトコト揺られながら、ぼんやりと
窓の外を眺めていた。海岸線がすぐ下まで迫っている。そして反対側の窓には
樹木や藪におおわれた山が覆いかぶさるように続いている。

そうここは熊野古道への入口でもあるのだ。
亀山からの紀勢本線には、「18きっぷの旅人」とおぼしきトレッキングスタイルの
中高年男女が何人も乗っていて、皆さんそれぞれ別々の駅で下車した。
駅ごとに古道への入口があるのだろうか。

でもその日は途中からかなり雨脚が強くなっていたから、女性がひとりで寂しげな
駅(無人駅風だった)に降りたときには、大丈夫かしらと他人事ながら心配に
なった。私は人間がいる場所ならどこでも一人で平気だけれど、山には登る気が
しない。こんな天候の時にひとりで山に入るなんて、スゴイと思ってしまう。

「紀勢本線」は新宮駅で終わり、そこで「きのくに線」に乗り換える。
新宮駅での待ち時間で初めて駅弁「熊野弁当」を買って食べた。東海道本線は
通勤電車みたいで駅弁を食べる雰囲気じゃなかったし、紀勢本線の駅はどこも
売店どころか駅員もいるかいないかって感じだったのだ。

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S_2

新宮からは熊野大社に徒歩(熊野速玉大社)やバス(熊野本宮大社)で簡単に
行けるようだが(那智の滝と那智大社へは那智や紀伊勝浦からバスが出ている)、
でもここはドタバタ駆け足で行くのではなく、温泉に泊まったりしながら古道を
歩いて参詣したい。だから、少し心残りだったけれど、今回はパスした。

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きのくに線の海岸にはごつごつとした岩が目立った。
早朝、串本から新宮へ向うとき見た海岸の風景は、影絵のように美しかった。
でも、東日本大震災の前だったらウットリ眺めているだけだったが、今はいろいろ
考えてしまう。

津波も心配だけど土砂崩れも怖いな~と思っていたら、今回の嵐ではやはり土砂
崩れの恐れがあるということで、紀伊勝浦の住民は避難することになったらしい。

旅すると、ニュースでしか知らなかった土地や人々が、とても身近に感じられる。

2013/04/03

青春18きっぷの旅から帰宅

広重の東海道五十三次を見てパッと思いついたのが「青春18きっぷ」の旅だ。

どこかの宿場町で途中下車しながら普通列車で東海道を行き、紀伊半島の先端に
ある串本の無量寺で「応挙・芦雪の襖絵」を見てこようと、おおざっぱなプランが
決まった。

いちばん気がかりだったのが「無量寺」で、HPを見ると「雨天の場合は収蔵庫の
本物は見ることが出来ない。また4/2~4/26までは西宮市の展覧会に出展するため
龍虎図襖12面は見ることができない」とあるではないか。

それを見るためにはるばる串本まで行くんだから、いくら格安運賃の旅といっても
見られなかったら悔しい。

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(沿線はどこも満開の桜。あらためて日本の春は桜だと思った)

大事をとって串本駅前ビジネスホテルに泊まり、着いた日と翌日の2日間をあてる
ことにした。天気予報が悪く、また実際列車に乗っている間は雨が降っていたが、
列車に乗っている時間が長いものだから、着いたときは雨が上がっていて、何とか
目的を達成できたのだった。やれ、やれ。

串本のあと伊勢神宮を参詣したまでは良かったが、津のホテルで見た天気予報が
最悪だったので、次の日帰宅することにした。
今日の関東地方は大荒れの天気だったから、これは正解だった。1日分きっぷが
残ったので、利用期限の4月10日までに日帰りでどこかに行って来よう。

というわけで、また旅の様子など書きますので、お読みいただければ嬉しいです。

2013/04/01

お伊勢参り

今日はお伊勢参りをしてきました。正しい観光旅行といったどころですが、印象に残ったのは、外宮の別宮「月夜見宮」です。

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今夜は津に泊まります。




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