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2013/01/27

スカイツリーついでにお散歩「鶴屋南北」

インターネットにアクセスしてまず読むのが新聞のHPだ。
ざっと斜め読みするだけだが、人名には目がとまる。やはり「おくやみ」欄が
多いかな。

最近では「直木賞作家の常盤新平さん」、出版社の編集長をつとめ、また翻訳家
でもあった。

でも私はその著作を読んだことがなく、最近買ったばかりの「池波正太郎の東京
下町を歩く」と「池波正太郎の江戸東京を歩く」で初めて読んだ。

この2冊の散歩エッセイは、気軽に読めて知識も身につく、まあ私レベルの者でも
楽しめる内容だ。とくに下町編は馴染みのある場所が多く、これまで無関心に
通り過ぎていた場所が、じつは歴史の舞台だったり時代劇の舞台だったりする
ということを教えてくれた。

Nec_0058s

最近の新聞に載った記事に「鶴屋南北戯曲賞」第16回受賞者決定というものが
あった。「鶴屋南北」という名前に、私のアンテナが反応した。何故かというと、
スカイツリーのすぐ近くにある「春慶寺」の前を通るとき、この名前が刻まれた
お墓らしきものを見るからだ。

S
(墓碑のようなものがガラスケースに入っている。そのガラスに映るスカイツリー)

お寺が浅草通りという幹線道路に面したビルなので、あまり由緒あるお寺に見え
ないが、400年の歴史があるのだという。

Nec_0060s
(通りかかった若いお母さんが子供に「あら羊さんがいるわよ」 子供「羊じゃ
ないよ」 子供が正しい。これは象さんです)

「江戸時代から「押上の普賢さま」と称され、特に辰年、巳年守り本尊として
多くの参詣人で賑わっています。」とある。今年はその巳年だから、ついでの
参拝にピッタリじゃないの。

春慶寺が描かれている浮世絵「押上村行楽」を見ると、押上はそれほど辺鄙じゃ
なかったという気がする。

S_2

春慶寺はまた「鬼平犯科帳」の舞台でもある。

春慶寺はスカイツリーの目の前にある。あいだには浅草通りと北十間川。
川の手前から見るスカイツリーは、左右対称の形を眼前で見ることが出来る
ので、記念撮影にもピッタリだ。(スカイツリーは大抵ねじれて見えるし、
建物が邪魔したりして全体もなかなか見られない)

S_3

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東京スカイツリー」カテゴリの記事

コメント

リンク貼ってくださってる押上村行楽見てきました。
18世紀にはこんなにのどかだったんだぁ~とちょっと驚きでもありました。
そして他のページもついでに拝見しました。
都心部の便利なお寺で、現在は葬儀や納骨で発展されてるようですね。
大阪では四天王寺さん近くの一心寺が同じく超大規模納骨堂として有名です。

うららさん、江戸時代の庶民は豊かの暮らしをしていたんですね。
時代劇に出てくる長屋の住民は、実像に近いのかも知れません。

春慶寺のサイトを見て「パソコン供養」という言葉にちょっとビックリしました。最初、「壊れたパソコンを供養してもらうのか」と思いましたよ(^^;)

四天王寺さん近くの一心寺はよーく覚えています。物忘れの早い私が今も覚えているんですから(一心寺には行かなかったんですが)、あの時道を教えてくらた大阪のおばちゃんの印象がよっぽど強かったんでしょう。

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