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2012年10月

2012/10/25

平日の東京スカイツリー

今日はお休み。どんより曇って最高気温の20℃に届かない、でも雨は降らないと
いう絶好のウォーキング日和だった。
新潟から戻ってからは、何となく近所を歩く気持になれなかったが、こんな日は
頑張って歩かなければと午後からスカイツリーを往復してきた。

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飛行船が飛んでいた。あれって人が乗っているのかしら?

平日だから休日よりは観光客が少なめだが、テナントが入っているフロアは相変わ
らず混雑している。外国人観光客が増えたようだ。宣伝が行き渡ってきたのかな。

まず2Fの書店で立ち読み。
それから図書館から借りた本「地球の穴場」(乃南アサ著)を読む。
ここには椅子がたくさんあるから、本を読むのにちょうどいいのだ。

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あちらこちらに、いろいろな椅子がある。

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私の「お気に入りフロア」は「5F」だ。300年前にお江戸日本橋に創業した
「国分」という食品問屋のスペースでは、食品展示のほかお食事処もある。

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缶詰料理とビールで600円なら、ちょっと休憩するのにいいんじゃない。
空いていてゆっくり出来そうだし。

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「すみだ まち処」は最初の頃よりお客さんが増えたような気がする。

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ここには墨田区で作られた様々なグッズやお土産品、伝統工芸品が並んでいて、
もちろん職人が制作したものは高価だが、全体的に他のテナントよりリーズナブル
なものが多い。観光案内の資料なども揃っているので、立ち寄って損はないと
思うわ。

帰りがけに2Fの食料品売り場の酒屋をのぞいてみたら、長岡の「摂田屋地区」に
あった「長谷川酒造」のお酒と「岩の原ワイン」があった。サフラン酒はなかった
けど、何だかうれしい。お酒は重いので買わなかったが、同じフロアのスーパーで
アボカド(1個88円)と生ハムの切り落とし(100g180円)を買った。錦糸町駅前の
デパ地下より安い。近くの商店街はますます寂れてしまうな~、こんなところが
あったら。

ドッとやってきた観光客はせいぜい浅草との間を往復するだけ、「スカイツリーの
ひとり勝ち」状態が続いていて、地元はさっぱり潤っていないようだ。
なかなか思惑通りにはいかないわね。

2012/10/20

越後のアートめぐり(4)サフラン酒と鏝絵

3日目は東京に戻る日。駅で4時過ぎの新幹線のチケットを買った。
新幹線駅の「長岡」まで妹が車で送ってくれるという。長岡には甥っ子一家が
住んでいて、そこまでなら妹も運転できるというので、二人で出かけることに
した。

お墓参りして、真新しいコンサートホールなど柏崎市内を見学しながら、まず
長岡にある「新潟県立近代美術館」に行った。ここで「象徴派」の展覧会が開催
されている。「象徴派」というのは知らなかったが、ルドンの「青い花瓶の花々」
が気に入って絵葉書を買ってきた。

この美術館でもっとも印象に残ったのは、コレクション展示の横山操作品だ。
私は知らなかったが「横山操」は新潟県の出身だったのね。

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(アート展なのか、レストラン内にはたくさんのエコバックがかかっていた)

美術館のレストランでお昼を食べてから、甥の家に近くにある「摂田屋」地区に
行くことにした。古い町並みが残っている場所らしいが、私は初めて耳にする地名
だし、妹もまだ行ったことがないという。

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ここは古くから味噌、醤油、酒などの「醸造の町」として知られ、江戸とを結ぶ
三国街道に面した交通の要衝であり、幕府の直轄領でもあったので、おおいに
繁栄したという。

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(そのうちの一軒「長谷川酒造」を紹介しているサイトに、この地域の詳しい
説明が載っていた)

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車から降りると、ぷ~んとお醤油の匂いが漂ってきた。

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摂田屋地区のなかで最も有名なのは「清酒 吉乃川」だ。
私も子供の頃からその名は知っている(^o^;)
ここには資料館があるのだが、土、日、祝日は休みだった。残念。
せめて資料館くらいは開いてほしいわ。

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その吉乃川向かいに、「機那サフラン酒店舗」がある。
サフラン酒なんて聞いたこともなく、あまり関心なかったが、ついでだからと
立ち寄って目を見張った。時代を感じさせる味わい深い看板のとなりに、
ドッシリとした蔵が建っている。その白い壁を飾っているのが、色鮮やかな
鏝絵(こてえ)の数々だ。

(鏝絵は、家や蔵の壁にしっくいやセメントで装飾された日本式レリーフ)

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技といい色彩の美しさといい、「これぞ職人!」と賞賛したくなる見事さだ。
地元の左官「上伊吉」の仕事と伝えられている。

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いやあ、すごいものを見ちゃったな~。最後の最後まで、今回の新潟の旅は中味の
濃いアートづくしだった。新潟にもこんなに見どころが沢山あるんだから、もっと
宣伝すればいいのに。でも観光客が少ないから、顔をくっつけてじっくり見ることが
出来るわけだし‥‥、観光化も「痛し痒し」ってとこだわね。

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この蔵に刺激されて「サフラン酒」を飲みたくなり、長岡駅周辺のお店を何軒か
あたってみたが、どこにも売られていなかった。でもそのすぐあとで、妹から
見つけたと電話があった。ネットでも「機那サフラン酒」が売られていたが、
送料もかかるので、今度妹のところに行った時に買うことにするわ。

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そのネット検索の途中で、童話作家「小川未明」の「砂漠の町とサフラン酒」
という作品を知り、さっそく図書館から借りてきた。
小川未明といえば「赤い蝋燭と人魚」を昔読んだことがある。どちらも女性の
悲しい生涯を描いた作品だ。まあ幼い子供向けの童話ではないわね。

2012/10/15

越後のアートめぐり(3)大地の芸術祭と草間彌生

「大地の芸術祭」は、越後妻有(十日町周辺)で2000年から3年ごとに開催されて
いる大規模なアートプロジェクトだ。数年前から気になっていたが、会場が広範囲
なことと、今年はとくに暑さに恐れをなして、まだ行ったことがない。

制作されたアート作品のなかには、展覧会が終わってもそのまま保存されている
ものがあると聞いたので、せめてそれを見学したいと思っていた。
今回の新潟行きはちょうどよい機会だった。

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(ほくほく線が通る「まつだい駅」)

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十日町から「ほくほく線」で一駅目の「まつだい駅」前には、何点ものアートが
残っているが、いちばん目立つのは「草間彌生」の「花咲ける妻有」だ。

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草間彌生のアート作品は小さいものでも目立つというのに、「花咲ける妻有」は
人間をパクッと呑み込んでしまいそうなほど派手で大きく、素朴な田園地帯に
突如現れた熱帯ジャングルの毒花って感じ。

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まつだい駅をはさんで、土産物などの物産品を売っている「道の駅」と(鉄道駅
でもあるけれど)、アート作品や「農舞台」がある「野外ミュージアム」的な
エリアがある。

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(アートインフォメーション)

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(ワラの大仏)

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すべり台のようなオブジェもあるので、子供を遊ばせることも出来るし、棚田も
レストランもあるので、ドライブの目的地としては良いんじゃないかしら。

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私達は入場料がいる農舞台には入らず、駅から連絡通路があるオシャレな建物で
トイレ休憩した。ここのバルコニーには向かい側にある作品「棚田」(イリヤ&
エミリア・カバコフ作)に対応する文章が、カバーをかぶせるように下がって
いる。

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この作品は2000年に制作だから、最初からずっとこの場所にあったのね。
ちなみに草間彌生の「花咲ける妻有」は2003年の作品。

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建物内のミュージアムショップで「花咲ける妻有」の絵葉書を買った。
この絵葉書には草間彌生自身が入っている。妹は「草間彌生が入って、この作品が
完成する気がする」という。
なるほど、絵葉書を見ると、たしかに草間彌生が作品の焦点になっているわ。

ところで土曜日に「サフラン酒」を求めて銀座に行った。(何故サフラン酒かは
あとで書きます)サフラン酒はけっきょく見つからなかったけれど、そのかわり
「草間彌生制作のルイヴィトンのショーウインド」を見ることができた。

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(ルイヴィトンのショーウインド。この花がお気に入りみたい)

お天気が良かったら「棚田」のほうに行って作品を見て歩きたかったが、雨が
降ってきたので車に戻った。

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帰る途中で「岩の原葡萄園」まで足を延ばし、ワイン蔵や雪室などを見学して
お勧めワインを1本買った。ここで割引クーポン券を利用して飲みやすそうな
ワイングラスをゲット。高級なワイングラスより、オーソドックスな飲みやすい
ワイングラスのほうが私は好き。だいたい高級なグラスに合うワインを飲むこと
ないしね。

2012/10/14

越後のアートめぐり(2)縄文土器

新潟2日目は朝から雨模様だった。お天気が良かったら、少彦名命を祀っている
神社に寄って「糸魚川」方面に行くつもりだったが、糸魚川は「ジオパーク」
「ヒスイの谷」といった自然が魅力のところだから、行くのはやはりお天気の
良いときにしたい。

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それで、私が持って行った観光パンフから「新潟初の国宝」と大きく写真が載って
いる「縄文の火焔型土器」を見にいくことにした。妹夫婦も行ったことがないと
言う。場所は「十日町市博物館」、柏崎からは深い緑の山越えルートだ。
平成の市町村合併で「高柳」などの山奥まで柏崎市になった。柏崎といえば海の
イメージが強いので、ここが柏崎と言われてもピンとこない。

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博物館は空いていてほぼ貸切状態だった。国宝の土器群はガラスケースに入って
いる。その写真を撮って受付で見せると、写っている土器(2種類)の小さい
カードが貰える。写真を友人に見せ、このカードを渡して、宣伝してもらいたい
とのこと。十日町市立博物館に行く人は、土器の写真を撮ってきてください。

火焔型土器は縄文土器としても初めての国宝指定で、その後「縄文のビーナス」が
国宝になった。私は強烈な風貌の「遮光器土偶」(青森、亀ヶ岡遺跡)も好きだ。
縄文土器はどれも個性的で強烈。岡本太郎が夢中になったのも分かるわ。

ところで、受付にあるいろいろなミュージアムグッズのなかに、これら縄文土器の
ガチャガチャがあった。私は火焔型土器の一筆箋を買ったが、妹はガチャガチャ
やって「踊る人」を手にした。これがなかなか良く出来ていて、あとで見て私も
欲しくなったほど。これを買うためだけに博物館に来た人もいたから、(たぶん
その前に博物館は見学済みなんだろうけど)、私も1回やればよかったなあ。
どれでもいいけど、みんな欲しいわ。

「検索で見つけたブログ」にガチャガチャが写真つきで載っていた。。
私も買えばよかったなあ。ちなみに妹がゲットしたのは、踊る人々の左がわの
ほうです。.

この博物館では他にも興味深い展示品があった。とくに「織物コーナー」が面白
かった。糸の原料「カラムシ(苧麻)」が今もそこらへんに生えていると、翌日
妹の夫が持ってきてくれた。「越後ちぢみ」の歴史は縄文時代にまで遡るのね。

十日町は「大地の芸術祭」が開催されたばかりなので、案内板などもまだ残って
いる。つぎにそのアート作品が数多くある「まつだい」に向ったが、途中その
手前にあるお蕎麦屋さんで天ぷらそばを食べた。地元で採れた(自家栽培かも)
山菜などを揚げているのだが、その中にこの苧麻があった。強い味はしなかった
けれど、とっても美味しかった。

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(葉っぱが苧麻。ホップもある)

このお蕎麦屋さんかなり大きくて団体も来るようだが、雰囲気も味も良かった。
お座敷なので足が痛かったけど。庭にこんな↓アート作品らしきものがあった。

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(バッタのすべり台)

2012/10/12

越後のアートめぐり(1)石川雲蝶

上越新幹線の浦佐駅で妹夫婦と10時に待ち合わせ。妹達は車で来るが、東京駅
から新幹線で行く私より時間がかかるかもしれない。

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浦佐駅構内には「石川雲蝶」の天井画の大きなレプリカが置かれていた。

新潟もようやく「雲蝶」を観光の目玉にしようと力を入れ始めたようだ。
浦佐駅から無料のリムジンバス(本数は少ないみたい)もあるようで、永林寺に
行った時そのバスを目にした。

京都辺りにあったら、とっくに話題になっていただろうけど、雲蝶作品がある
お寺の檀家でもあまり関心なさそうだから、世間に知られるのにずい分時間が
かかった。雲蝶の価値を発見してくれた人に感謝したい。

駅でまず割引クーポンつきのパンフを貰い、さっそくスタート。
スタンプラリーはパスしたけど、クーポンで永林寺のクリアファイルとワイナリー
のグラスをゲットした。教えてくれたHANAさんに感謝。

「雲蝶」巡りは、パンフに載っている浦佐周辺の4ヶ所にした。非公開のところも
多いし、車だといっても結構時間がかかるので、再訪しなくちゃね。

廻る順序は運転手(つまり妹の夫)にすべてお任せ。最初に「龍谷寺」に向う。
ナビがあるから場所はすぐ分かるかと思ったが、田んぼと山に囲まれた小さい
集落のあぜ道を行くのはちょっと大変だった。
観光タクシーなら、スムーズだろうけどね。

ようやく集落の奥にある龍谷寺を見つけた。お寺近くの広場では「運動会」を
やっていた。この集落なんかも、ほんのひと昔前までは、人里離れひっそりと
していただろうが、今は車ですぐに町に出られる。この数十年の変わりようは
天地がひっくり返ったようなものだろう。

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(観音堂。ここから入る)

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(本堂。観音堂から長い廊下がのびている)

龍谷寺は、本堂が代表的禅建築、慈雲閣観音堂がインドグプタ王朝様式で、こんな
小さな村にはちょっと不釣合いなほど、立派なお寺だった。観音堂から本堂に
入ると長い廊下が続き、その上の欄間に雲蝶の彫刻がほどこされていた。
躍動感があって、力強く浮き上がって見える。妹と二人「すっご~い」と歓声を
あげた。広々とした本堂の畳の間をあちこち歩いて、欄間のレリーフを見る。
繊細で上品な植物の浅彫りもある。

私達以外に観光タクシーでやってきた夫婦がいたが、その二人が帰り、先ほど
までいたご住職が出かけてしまうと、このお寺にいるのは私と妹だけになった。
お宝がいっぱいあるのに無用心だな~。拝観料は200円ということだが、それも
「廊下の片隅に置かれた箱に入れておいてください」と言われただけ。箱には
500円玉や100円玉がいくつか入っている。盗まれる心配なんてしないのかな。

でもそのおかげで、雲蝶彫刻やお寺の雰囲気をノビノビ味わうことができた。

妹の夫は車の中で留守番。いちばん有名な西福寺だけ見ればいいらしい。
次に行くのは「穴地十二大明神」。すぐ近くにあるのだが見つけ出すのに苦労
した。

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穴地集落の入口に見事な一本杉があった。この辺りは雪深い地域だから、大きな
杉の木は大事な目印だったんだろう。

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「穴地十二大明神」は近くの民家に隠れてしまいそうな小さな神社だった。
人の気配はなく、入口の貼り紙に「戸を開けたら、帰るとき閉めてください」と
いうようなことが書いてあった。戸を開けてみると、中は4畳半ほどの広さしか
なかった。傍らに「寄せ書きノート」がおいてあった。

ここには未完成の雲蝶の彫刻がある。龍谷寺のあとでこちらの彫刻にとりかかった
らしいが、何か気にくわないことがあって彫るのをやめてしまったのかしら。
雲蝶は「越後のミケランジェロ」といわれているが、キャラクターはカラヴァッ
ジョに似ているような気がする。

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(向拝の竜と獅子。未完成作品は本堂の中の欄間の彫刻)

龍谷寺、穴地十二大明神がある南魚沼地域は「八海山」のふもとにあたる。
「八海山」と聞いてお酒しか思い浮かべない私だが、ここは信仰の山で山伏の
修験場として名高いのだとか。山好きの妹の夫はそのあたりのことに詳しいので、
案内してもらうことにした。

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10月20日に「大火渡祭」が行われるということで、道々には幟が沢山たて
られていた。

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この「八海山尊神社」は、立派な接待所などもあり、全国から信者が来るのに
ふさわしい堂々たる佇まいだった。

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広場におかれた「火渡り」用の薪にブルーシートがかけられ、祭りの始まるのを
待っていた。

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(身を清める前に入る洞窟)

八海山尊神社を後にして、石川雲蝶といえば必ず紹介されるお寺「西福寺」と
「永林寺」に向う。この二ヶ所は観光の目玉と期待しているだけあって、各所に
案内板があり、道に迷うことなくたどり着くことができた。

「西福寺」の見ものは、浦佐駅に大きなレプリカがあった「開山堂」の天井彫刻
だ。ここには解説のテープが回っていたので、分かりやすかった。団体も来て
いたが、テープがひと通り説明し終わるとみんな出て行くので、ちょっと待てば
ジックリ見学することができる。

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(外から見た開山堂)

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雲蝶の彫刻のためにお堂を建てたのか、お堂を建ててから雲蝶に依頼したのか、
どちらにしても雲蝶の才能を信じて疑わず大仕事を依頼した住職は偉かった。
またその期待をじゅうぶん汲んで、お寺の随所に素晴らしい彫刻や絵を残した
雲蝶もたいしたもんだ。

最後に訪れた「永林寺」はいちばん観光施設的だった。ミュージアムグッズならぬ
お寺グッズが廊下や広い本堂のあちらこちらに置かれている。
和尚さんが雲蝶との賭けに勝って、本堂を埋め尽くす作品群を造らせたという
から、永林寺はもともと「信仰ひと筋」のお寺ではないってことかな(^o^;)

ふくよかな天女の透かし彫りを見ようとすると、ギッシリ並んだ檀家の位牌に
お尻を向けなければならないが、このお寺はそんなことに頓着しないようだから
気が楽だ。この天女、雲蝶の理想の女性かな。表情も良いけれど、温かみのある
背中がまた良いのよね~。

廊下にあるお守りの山を見て、妹は「こんなに置きっぱなしにして、黙って持って
行かれても分からないじゃないの」と心配していたが、お守りを盗んだら逆効果
だよね~。仏罰が当たるものね~。

南魚沼のお寺はどこも、こんな奥地にあるとは思えないほど、大きく立派だった。
お寺は、深い雪のなかで必死に生きてきた人々の、心の寄りどころだったのだ
ろう。またこれほどのお寺だからこそ、雲蝶も力いっぱいその才能を発揮できた
のだろう。

商売っ気が出てきたとは言っても、新潟のお寺や神社はどこも鷹揚に構えていて、
こんな貴重な作品があるというのに警戒心が薄すぎるような気がした。
観光客が増えるにつれ、どんどん変わっていくだろうけど。

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(永林寺の前のコスモスとススキ)

2012/10/02

復元東京駅と江戸東京博物館

10/1(月)は仕事を休んで、新潟の情報をゲットしようと、東京駅八重洲地下街に
ある「旅の図書館」に行った。
東京に来てはや数十年、たまに帰る故郷はまったく別の町になっていて、もはや
ふるさとは思い出のなかにしか残っていない。

日本はどこもかしこも変貌がはげしい。

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(東京丸の内駅の前の中央郵便局も建てなおしの真っ最中)

そういえば「旅の図書館」が入っていた「鉄鋼ビル」も改築工事中だし、東京駅の
丸の内口では「創建当時の東京駅赤レンガ駅舎」が10/1にオープンしたばかり。

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(エキナカの通路のレンガ)

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(見物客でいっぱいの東京駅丸の内口のドーム)

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ピカピカ光って安っぽい印象だった銅屋根も、すっかり落着いた色になっていた。
銅ってすぐ色あせるのね。たしかに10円玉もすぐ黒ずむわね。

東京駅丸の内駅舎を設計したのは「辰野金吾」という人。この人は日本各地に
多くの名建築を残している。先日行った大阪・中之島の「大阪市立中央公会堂」も
そうだ。レンガ造りの華やかさに惹かれて思わずカメラを向けたが、その時は
どういう建築か分からなかった。

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(大阪市立中央公会堂)

ところで10/1は都民の日ということで、都立の施設は入場料タダの所が多かった。
でもミュージアムは江戸東京博物館と都立現代美術館だけで、ちょっとさびしい。
用事で時間がなくなって、けっきょく江戸東京博物館に行くのがやっとだったけど。

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午後4時ごろ博物館に着くと、広い駐車場は大型観光バスがギッシリ並んでいた。

休日によくに立ち寄るが、大型バスで駐車場が超満員の光景は初めて見た。
入場料が無料だからかしら?そのぶんツアー料金も安くなるものね。

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オープンしたばかりの頃はあまり好きじゃなかった「江戸東京博物館」だが、
最近はなかなか面白い博物館だと思う。

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紀州藩の江戸詰武士(28歳)の「一ヶ月の行動と一年間の支出」を眺めながら、
「どんな気持で毎日お勤めしていたのかな~」などと想像した。今とそんなに
変わらない日常だったのかな。でも現代の28歳よりはずっと大人だっただろうな。

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「本所」(現在の墨田区)誕生のキッカケになった明暦の大火を、当時江戸に
滞在していたオランダ使節団員が絵に描いていた。まさに焼け野原という感じ。

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この寛永期の地図を見ると、武家屋敷で江戸が過密状態だったことがわかる。
徳川幕府はこの明暦の大火によって、本所に武家屋敷のための土地をつくりだし、
江戸改造を成し遂げることができた。まさか明暦の大火が幕府の仕業なんてこと
ないでしょうねぇ。

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この「江戸めぐり」も面白かった。

青い線は江戸在住の人(清水家御広敷番の村尾正靖(62歳)、赤い線は江戸に
やってきた人の「江戸観光」の足取りをたどったもの。
説明プレートの右下に、民俗学者柳田国男のこんな(↓)内容の文が載っている。
(柳田国男の「百年前の散歩紀行」という本らしい)

「村尾正靖は旅行好きだったが、勤めが忙しく長旅ができないので、いつも休みの
日には日帰り旅行していた。旅行などと大げさなものじゃかく、草履履きの遠足の
ようなものだ」

「あら~、今の私じゃないの」と、思わず笑ってしまった。村尾さんに比べ勤めは
大したことないけど、草履履きの遠足ってのはピッタリだわ。

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