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« 東京川の手散歩「江戸の運河、小名木川」 | トップページ | ボストン美術館展 »

2012/05/12

東京川の手散歩「荒川」

幕張に通うようになって、通勤事情は大きく変わった。
まず通勤ラッシュにおびえることが無くなった。何しろ往復とも座ってウトウト
しながら通勤できるのだ。

都心に通っていた時はいつも隅田川を渡っていたが、今は旧中川、荒川、首都高を
はさんで荒川と並行する中川、それから新中川そして江戸川と、千葉県の市川に
行くまでに次々と大河が現れる。どの川も緑におおわれ広々としていて、毎朝
電車が川にさしかかると、思わず身を乗り出してしまう私だった。

中でも荒川は茫洋とした大河で、コンクリートで固められた隅田川がせせこましく
感じるくらい。

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Nec_0116s

(総武線の窓から。上から、荒川~首都高が通っている中洲~中川→千葉方面)

ところで「広々とした河川敷をもつ荒川とビルに囲まれた隅田川、どちらが人工の
河川か?」と聞かれたら、ふつうは隅田川と思うのではないか。ところが人の力で
つくられた川はじつは荒川のほうなのだ。

昨年は荒川放水路建設100年にあたるということで、記念する行事があった。
その時もらった「荒川放水路建設100年シンポジウム」のパンフを見て、私は
初めて荒川が人工河川であることを知った。

その後に本やネットで調べて、河川の歴史が自然や人間の力で何度も変化して
きたことがわかった。中川に旧と新があるのは荒川放水路を造るために分断された
からだとか、隅田川は元は荒川だったとか。

S_5

以下は「荒川下流河川事務所」のホームページから。

「明治43年の大洪水を契機に、東京の下町を水害から守る抜本策として着手され
たのが「荒川放水路」の開削です。
この工事は、北区の岩淵に水門を造って本流を仕切り、岩淵の下流から中川の
河口方面に向けて、延長22km、幅500mもの 放水路を掘るという大規模なもの。
洪水時には、岩淵水門を閉めて本流(隅田川)の増水を抑え、洪水の大部分を
幅広い放水路で 一気に海に流下させるのです。全体の竣工には310万人もの労働
人員と20年の歳月を要し、昭和5年に完成しました。
※なお、従来の荒川本流のうち岩淵水門から海までを「隅田川」と呼び、放水路を
「荒川」と呼ぶよう昭和40年3月に変更されました。」

地図で見ると、旧中川が荒川によって分断されたことがわかる。そして中川は
荒川と首都高に沿うように流れを変えられ、やがて河口付近でいっしょになる。

都バス「みんくるガイド」で目星をつけ「東砂団地」でバスを下り、目の前に
ある橋(たぶん平成橋)を渡った。この辺は旧中川のいちばん下流にあたる。
旧中川は近くの「荒川ロックゲート」を通ると荒川にすすみ、またそのまま上流に
行くと「北十間川」とつながってスカイツリーへとすすむ。

S

土手に建つ荒川ロックゲートには外階段がついていて、屋上まで上がれるように
なっている。私も上がってみたが、風が強くて怖くなり途中で引き返した。
こんどはもっと風が穏やかな日に来てみよう。

S_2

S_3

それから土手を歩いて都営地下鉄「東大島駅」まで行った。ここからは錦糸町
行きなど数路線の都バスが出ているはずだ。

でもここで私は失敗してしまった。「東大島駅」は旧中川の上にある橋のような
駅で、主な路線バスは荒川側とは反対の出口から出ていたのだ。珍しい駅だから
関東の駅百選に選ばれているなんてこと知らなかったわ。
こちら側は平井循環バスのみだった。また戻って橋を渡る元気のない私は、その
まま平井行きのバスに乗った。

S_4
(東大島駅前高層団地群の入口にスカイツリーが。荒川は富士山とスカイツリーを
一緒に写せる撮影ポイントらしい)

平井から葛西行きバスに乗り、葛西から秋葉原行きバスに乗り、上野広小路まで
歩いて錦糸町行きバスに乗った。最後はぐるぐる下町見学して、江戸川区一之江
辺りの狭い道が両側とも屋根つき歩道なのに関心したりして、帰宅したのだった。

東大島駅の近くには「中川船番所跡」や「旧小松川閘門」などがある。
番所跡にはいちど行ったことがあるが、旧小松川閘門のことは知らなかった。
高いところに遺跡みたいなヘンな建造物があるな~と気にしながら通り過ぎて
しまったのだ。

まあ近いから、お天気の良い日にまた来てみよう。
でもその前に隅田川と荒川が合流する(分かれる)岩淵水門に行かないと。

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コメント

荒川方面には あまり 行く 機会が ないけど
よく すすめられます。
やっぱり おもしろそうな ところですね。

通勤が楽になって良かったですね。
総武線なんて千葉で乗る時点で凄い混雑でしたから、これ以上先で乗って来るのは大変だと思ってました。
私は通勤時間帯にはたまにしか乗らなかったんですが。

私も荒川が人工河川だとは知りませんでした。
大東京の治水って大変だったんですね。
まだ100年、もう100年でしょうか。
佃島だって私たちが子供の頃まで渡し船しかなかった、と聞いて大阪から行った私たちはびっくりでした。
東京はこの100年で随分変わったのでしょう。
何となく高い建物とか高速道路のような建造物に目が行きがちですが、水路と言うのは生活にも流通にも大切な物でこれが上手くいってないと生活が成り立たないですものね。
また散歩してみてください。

わたなべのもとさん、荒川はご自宅から近いんじゃないですか?
荒川ロックゲートのとなりで、大きな工事をやっていました。何が出来るんでしょうね?

荒川土手はサイクリングする人が沢山いました。人工河川とはとても思えないほど、現在の荒川は広々として自然豊かですね。北区の岩淵水門から上流は自然の川ですが、何でも埼玉県鴻巣市辺りの荒川は川幅が日本一とか。

HANAさん、通勤電車は楽になったんですが、問題は幕張に着いて電車を降りてからです。これから暑くなると、直射日光にさらされそう。大きな歩道橋が二つもあって、いつも汗をふきふき歩いています。

でも車窓からの雄大な川の眺めには癒されます。
荒川の成り立ちにはビックリですわ。北区の岩淵水門から下流が人工の荒川放水路ですが、それでもウルトラ大河ですよね。川幅は隅田川よりはるかに広いです。でもこういう途轍もない土木工事の経験が、日本の技術を伸ばしたのでしょう。

運河や上下水道については、最近興味がわいてきました。古代も現代も、地球上のどの地域でも、人間の暮らしに欠かせないのが水ですからね。旅や街歩きのテーマにちょうど良さそうです。

荒川の成り立ちには他県人も聞いてビックリです。
昔から水の確保には努力されてたんですね~

先だって出向いた契丹展ですが、契丹古伝というのがあるのを知りました。
信憑性は疑問視されてるらしいですが、なんと関門海峡は掘削したと書かれてあるそうで。
こんなこと書いてあるから偽書だと思われたりするのでしょうが、もしほんとだったら…。

うららさん、古代の土木工事には現代でも困難なものがありますから、「そんな昔に出来るはずがない」と決めつけては、見る目が曇ってしまいますよね。

万里の長城や京杭大運河が人力で造られているわけですから、関門海峡の掘削だってあり得るような気がします。

契丹展は東京でも予定されているので、私もぜひ見に行こうと思います。「キャセイ航空のキャセイは契丹からきている」というお話を思い出しました。

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