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2012年2月

2012/02/29

寒いローマで(1)

旅の基本要件は移動のアシと泊まるところだ。
ホテルはいつもネットで探すが、移動に便利なテルミニ周辺になることが多い。

今回は「鉄道or地下鉄&バス」で郊外のエトルリアの遺跡を行く予定だったし、
ナポリにも行きたいと思っていたので、テルミニに近いことがホテル探しの必須
条件だった。

けっきょく、寒くて暗い夕方にホテル探しをするのは負担なので、前回泊まった
ホテルにした。「YesHotel」5泊340ユーロ(朝食つき、税・サービス料込み)
BOOKING.COMで予約。

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荷物置き場もない狭い部屋だが、サニタリーは真新しく清潔で、ベッドも広めの
セミダブル。ホテル代が高いローマなので、これで満足しなくちゃね。
エアコン、空のミニ冷蔵庫、金庫つき。いちおう三ツ星。

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(金庫の説明が9ヶ国語で書いてある。右下が日本語。アラビア語(?)もある)

遠出をするつもりでテルミニ近くのホテルにしたのだが、1日目から体調は最悪で
ナポリ行きはすぐ諦めた。ローマは雪が降っていたし、天気予報ではナポリも
かなり寒そうなのだ。とても観光に行けるような状況ではなかった。

3日目か4日目にお天気が良くなって、私の体調も回復したら、エトルリア遺跡
には行けるかもしれない。それを期待して、2日目はとくに目的を立てず、雪の
ローマを歩いてみることにした。

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(人影少ないスペイン階段)

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観光客たち(右隅)が身を乗り出してフォロ・ロマーノを見下ろしていた。

こんなとき便利なのが「ワンデーチケット(1日券)」(4ユーロ)だ。
地下鉄、バス、路面電車が1日中乗り放題なので、街歩きしをして寒さに耐え
られなくなったら、バスに飛び乗りローマ市内をぼんやり眺めていられる。

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Presepios

まだPresepio飾っている教会があった。

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テベレ川にかかる橋をムリして渡って、体調がますますヒドクなってしまった。
これ以上うろついたら必ず寝込むと思ったので、やってきたバスに乗り、見覚えの
あるピラミッドで地下鉄に乗換えてテルミニに戻った。どこからでも1~2回の
乗換でテルミニに戻ることができる。やっぱり便利だ。

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(ピンボケ写真)

テルミニのスーパーマーケットで地元のワイン「エスト!エスト!エスト!」を
買い、ピザとお惣菜も買ってホテルで食べた。でもせっかく買ったワインが飲め
たのはこの晩だけ。日ごとに食欲がなくなって、ワインも飲む気がしなくなった。

2012/02/25

エアチャイナで北京からローマへ

北京に2泊し3日目、エアポートエクスプレスで北京空港ターミナル3に向った。
エア・チャイナのローマ行きは、空いているかと思ったのに、春節土産を手にした
中国人でいっぱいだった。観光客というよりローマ在住の中国人のようだ。

インターネットで予約するとき、エキストラミールを選べるようになっていた
ので、ものは試しとばかり往復とも「低カロリー食」「低コレステロール食」を
リクエストした。あまり当てにしていなかったが、食事の時間が来るとパーサーが
「エキストラミールですね?」と確認にやってきた。

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最初の食事はそこそこ美味しかったけれど(↑)、その後どんどん体調が悪く
なって、ほとんど食べられなくなってしまった。普通のミールでも不味かった
かもしれないが、低カロリー食はまさしく粗食って感じ。
まあどちらにしても食べられなかっただろうけど。

北京からローマまで11時間。東京からの直行便より乗っている時間が少ないが、
体調が悪かったのでジッとしているのは辛かった。ローマ在住の友人は日本に
来るときアエロフロートを利用するという。途中モスクワで降りるので、ひと息
つけるんだとか。でも東京からモスクワまででも、かなりあるんじゃないかしら。
中央アジアあたりでストップオーバーして、ヨーロッパに行けたらいいんだけど。

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(レオナルド・だ・ヴィンチ空港という立派な名称のローマの空港。偉大なご先祖
さまの遺産で暮らしている現代のローマ人‥^^;)

それでもとにかくローマに到着。乗客たちは長い通路を足早にイミグレに向う。
三ヶ所のイミグレ窓口はあっという間に中国人たちの長い行列ができた。
そしてこの行列がなかなか進まない。ひとりひとりに時間がかかっているようだ。
1時間くらいたってやっと私の番がきた。係官はチラッとパスポートを見て「こん
にちは!」と日本語で言って、10秒もかからずにOKとなった。

イミグレの外に出ると、「HIS」のボードを手にしたイタリア人が近づいて
きた。待っている日本人がまだ出てこないらしい。エア・チャイナを利用して
ヨーロッパに来る日本人もけっこういるんだろうな。安いからね。

日本人にはフレンドリーなイタリア人だが、中国人にはかなりシビアな態度の
ように感じる。イタリア人は中国人をどう見ているんだろう。

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(テルミニ)

私は前回も今回もテルミニ東側のホテルに泊まった。この辺りには個人向けの
小さいホテルがたくさんある。それに比べて、テルミニ西側、サンタ・マリア・
マジョーレのある一帯は外国移民が多く住んでいて、とくに最近は中国人の進出が
めざましく、まさに中華街のようになっているのだとか。

中華街が出来ているのなら中華料理でも食べようかとうろついてみたが、表向きは
それほど中国色は強くなかった。中華料理店も目立つほどはなかった。
他のビジネスをやっているのかしら。

商売をやれば当然お金が動く。中国人同士が裏社会で現金取引する。当然税金など
払わない。ここまで書いて「えっ、これってイタリア人そっくりじゃないの」と
思わず呟いてしまう私だった。地縁・血縁でかたく結ばれ、コネや賄賂がものを
いう社会。裏社会でのお互いの駆け引きや争いも多そうだ。

本当にイタリア人と中国人は共通点が多い。
似たもの同士だから、余計にイタリア人は中国人が目障りなのかもしれない。

多額の現金を持っていれば当然ながら強盗に狙われる。それでなくても世界に
名だたる泥棒都市なのだ、ローマは。
中国人が犯罪を起こすというより、中国人を狙った犯罪が多発しているというのが
実情のようだ。

中国人に限らず増え続ける移民たちは、さまざまな仕事に従事している。
ローマ在住の友人によると、今じゃイタリア人が作っているイタリアレストラン
なんて壊滅状態なんだとか。その時代ごとにローマにやってくる移民がコックに
なってイタリア料理をつくる。現在はインド人が多いらしい。

昔からローマには外国料理店が少なかった。中華料理店も日本料理店も数える
ほどしかなかった。今もそんなに多いとは思えない。でも圧倒的多数を占める
イタリア料理店の料理人が外国人なら、間接的に世界各国料理を食べているような
ものか。

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私がローマにいた頃からある中国料理店の看板(↑)を見つけた。
当時はたいしたお店じゃなかったけれど、ずっと何十年もお店が続いていたなんて、
見直したわ。

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北京からローマ、中国からイタリアへ直接来ると、両国経済の勢いの違いを肌で
感じる。北京空港の第3ターミナル(↑)があまりにも巨大で近代的でハデなので、
ローマのフィミチーノ空港が何だかみすぼらしく見えてしまう。

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(みぞれ降るなか、やっと来たレオナルドエクスプレス)

空港とテルミニを結ぶ鉄道「レオナルドエクスプレス」や地下鉄の車輌のなかには
最新のモニターをそなえたものもあった。でもどんな最新の設備もすぐボロに
してしまうイタリア人のことだから、この快適さも風前の灯だろうなあ。

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(レオナルドエクスプレスの車内。これなんか真新しくてキレイ)

2012/02/19

エア・チャイナでローマ(北京2)

南鑼鼓巷は、最近になって学生など若者が集まるようになった地域らしい。
地図を見たときは30分も歩けばたどり着けそうに思えたのだが、なかなかそれ
らしい通りに出ない。でも辺りには楽器店が多く、若者向けのカフェなどもチラ
ホラあるので、方向的には間違っていないようだ。

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そのうちに、どこでどう間違えたのか、由緒ありげな楼閣が見えてきた。
あわててガイドブックを開くと、それはどうやら什刹海近くの鐘楼・鼓楼らしい。
行き過ぎちゃったんだな~。

ここまで来てしまったら仕方ない、観光客がたくさん訪れるという「什刹海」まで
行ってみようと、とりあえずガイドブックで什刹海の説明を読む。

するとそこには、
「約800年前に造られた人造湖。北京と杭州を結ぶ京杭運河の終着点として港が
おかれ、貴族の豪邸、寺院、胡同などが形成された」と書いてあるではないか!

じつは去年杭州で京杭運河を見て、この大運河のもうひとつの端はどうなって
いるんだろう、北京に行ったらぜひ訪れたいと思っていた。でも今回は滞在時間
わずかなのでムリだと思い、どこにあるかも調べなかったのだ。

それが思いもかけず道に迷ったおかげで行きつけたなんて。
急に得した気分になる私だった。

什刹海は完全氷結していて、市民のためのスケートリンクになっていた。

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ここではスケート靴より椅子型ソリに座って滑っている人のほうが多い。
これなら初心者でも大丈夫。一人で滑る人もいれば、ソリを何台も連ねている
グループもいる。

ここで初めて「人力車どう?」と日本語で声をかけられた。この地域の胡同巡りを
する人力車が湖のまわりに沢山とまっている。でもこの天候だからお客さんは
ほとんどいない。もちろん私もお断りして、再挑戦とばかり四川料理店を目指して
歩き始めた。

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やっとたどり着いた四川料理店「巴國布衣」、四川省成都に本店をもつ正統派四川
料理店とか。

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正午より少し前だったので、窓ぎわの広い席に案内してもらえた。
分厚いメニューをためつすがめつして、まずは「坦々麺」を注文、それからキャ
ベツと春雨を炒めたようなお料理も。

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「坦々麺」はご飯茶碗ほどの小さい器で出てきた。日本と違って、食事の後の
口直しのようなものかも知れない。最初はそれほど辛くないが、しばらくして
少しずつ複雑な香辛料の味がしみてくるって感じ。沖縄そばのような麺だった。
もう一皿は甘い味付けで、辛いお料理といっしょに食べるとちょうどいい。
軽めの味付けで、いくらでも食べられそう。

食べたのはこの2種類だけだが、どちらも満足のいく味だったので、たぶん他の
お料理もいけるだろう。HPに写真つきメニューが載っているから、この次は
下調べをしてもっといろいろ食べたいわ。

このお店は料理以外にもちょっと目に付いたものがあった。私の席のちょうど上に
こんな文章がかかっていたのだ。

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この建物も幾多の歴史を経てきたらしい。川島芳子の名前にひき付けられる。
最近テレビドラマか何かで川島芳子が出ていたなあ‥‥。

このレストランは地下鉄駅から距離があるので、そこからバスで最先端ビジネス
地域に向った。途中ホテル近くを通る。中国ではやっぱりバスが便利だわ。でも
フル活用するためには、路線が載っている地図が必需品だけど。

地下鉄「国賀駅」一帯は「CBD」(Central Business District)と呼ばれる
最先端のビジネス地区で、モダンな高層ビルディングが建ち並んでいる。日本人
ビジネスマンも多いんだろうな。

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ここに来たのは別にビジネスに興味があったからではない。ガイドブックに
載っていた「今日美術館」(モダンアート)に行きたかったからだ。午前中は
外歩きばかりで体力を消耗したので、午後は屋内で過ごそうと決めていた。

でも結果的には美術館に行けなかった。寒さの影響が体にじわじわ及んできて、
地下鉄駅から美術館まで歩く元気が失せてしまったのだ。ガイドブックでは徒歩
10分とあったけど、地図で見ると間違いなく10分以上かかりそうだ。
旅はこれからが本番なんだからと自重して、今回は美術館を諦め、複合ビルの
地下街をうろつくことにした。

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広々した地下街は土曜日だったので空いていた。結局いつもの地下街散歩になって
しまったな。ここにいると東京にいるのとまるで変わらない。開催中の写真展を
見たり、ここだけが賑わっているスケートリンクを眺めたり、カフェでひと休み
したりして、ぶらぶらと過ごしたのだった。

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2012/02/18

エア・チャイナでローマ(北京1)

旅行から帰って1週間ずっと咳に悩まされた。時差ボケの睡眠不足で、カゼが
なかなか治らない。やっと週末になってノンビリ寝坊して、体調もだんだん回復
してきた。

それにしてもこの旅は寒さとの戦いだった。

ローマに目的を定めたとき、まずどの経路で行くか考えた。けっきょくエア・
チャイナにしたのは、費用が安かったことと、フライトの出発時刻が午後か夕方で
朝ユックリできるからだ。北京でのストップオーバーも魅力だった。

でも振り返ってみると、ほかのヨーロッパ系エアラインだったら、どこでストップ
オーバーしても寒波に直撃されて外出なんてムリだった気がする。気温は低いが
強風も吹かず雪も降らない北京だったから、正味一日だけどたっぷり歩き廻る
ことが出来た。まあそのムリが後々までたたって、ローマですっかり体調崩して
しまったのだけれど‥‥。

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北京でのホテルは「スイスホテル北京(SWISSOTEL BEIJING,HONG KONG MACAU
CENTER)」にした。「楽天」の評判が良かったことと、空港エクスプレスの終点
「東直門駅」から地下鉄に乗り換えて一つ目というアシの良さが決め手になった。

ひとり旅の場合、この手の大型ホテルにはまず泊まらないのだが、妹が北京に
行きたいというので、その際のホテル下見も兼ねて泊まってみたのだ。もちろん
シングルで予約したのだが、部屋は大型ツインベッドルームで、杭州で泊まった
ソフィテルとほとんど同じ造り。ソフィテルよりちょっと古いって感じだけど。

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(ホテルの前に地下鉄2号線の入口がある。寒い時期だったからこれは助かった)

滞在正味一日の朝、どこに行こうかパラパラとガイドブックをめくる。
前回の北京旅行の際に買ったポケット版だが、さすがJTBが制作しただけあって
要点を抑えてあって使い勝手が良い。

ホテルからはお洒落な繁華街「三里屯」が近いのだが、どちらかといえば夕方
から賑わう街なので、朝は「孔子廟」に行くことにした。地下鉄「雍和宮」から
徒歩10分くらい。

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ここは北京最大のラマ教寺院「雍和宮」があるので、地下鉄入口付近から
お線香や縁起物などを売るお店が続いている。

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(ハデだな~)

「雍和宮」へは帰りに寄ることにして、まっすぐ「孔子廟」と隣接する「国子監」
(儒教の最高学府)に向った。お天気は良いけど気温は間違いなく氷点下だ。

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人の姿は少ないが、そのぶん清々しい空気が漂っていた。
すぐ隣の「国子監」は学問所だったところで、敷地内の孔子像の回りには合格
祈願の赤いお札がたくさんぶら下がっていた。孔子さん、ご苦労さん。

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入口のところにあった獅子の置物。帰りに出会った中国人団体が、ガイドの言葉に
したがってその頭をなでていた。それで私も力をこめて頭をなでてきた。獅子の
頭はみんなに撫でられ禿げていたわ。

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(撫で回されて疲れた表情の獅子)

そこから「雍和宮」に戻るつもりだったが、ガイドブックに南鑼鼓巷の四川料理店が
載っていて、それを見たらやおら坦々麺が食べたくなり、地下鉄とは反対方向の
レストランに行こうと気が変わった。

これが寒さの北京散策で体調を崩すきっかけになってしまうのだが、そのときは
「坦々麺」しか頭になく、南鑼鼓巷めざして歩き始めた私だった。

2012/02/11

北京到着

今北京空港です。タ-ミナルが無料wifiになっているようで、簡単に
インターネットにつながりました。セキュリティー、大丈夫でしょうか。

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北京は気温は低いけれど、良いお天気です。ロ-マでは見なかった日本の飛行機が沢山とまっています。



2012/02/10

お天気には勝てない

第一目的だったエトルリアの遺跡に行けなかったので、ロ-マにある博物館に行ってきました。面白い人達です、エトルリア人。
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カフェでサンドイッチとコ-ヒ-を注文し、寒いのでホットミルクも頼みました。
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午後から水道橋を見に行き、この近くのシヨッピングモ-ルで休みました。
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今日夜の便で、北京経由帰国します。今あさ6時、ニュースは毎日毎日寒波のことばかり。それでも今日はオバマさんと首相との会談を取り上げていました。さっきは日本の豪雪の様子も放映していました。

ところで、スマホの時刻表示は何もしなくても現地の時刻になるんですね。これは便利だと思いました。



2012/02/09

寒いロ-マ

コメントありがとうございます。
無料wifiできる狭いロビーでアクセスしているので、RESは帰国してから書きますね。日本と簡単につながるなんて、インターネットはありがたいものです。
風邪が治りませんが、ホテルで寝てばかりもいられないので、おととい
午前中はカラヴァジョを見に教会めぐり、午後は寒さしのぎでイタリア初の国立現代美術館に行きました。
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これがなかなか良かったです。日本の軍艦島の映像やっていました。
昨日はロ-マ現代美術館に行ってきました。ここはレストランとトイレが良かったです。入館料払う必要なかったわ。
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トイレの手を洗うところは、赤になったり白になったりします。すごく凝ったトイレです。詳しくは帰国してから。



2012/02/07

ロ-マは雪

ロ-マに着いたら雪が積もっていてビックリした。寒波に追いかけられている私。ホテルの前こんな状況。
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雪景色のロ-マを撮ろうと出かけたら体調不良になって、昨日は午後3時からずっと寝ていた。計画はだいぶ狂いそうだけど、臨機応変にやるしかないわ。
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2012/02/01

豪雪

妹から豪雪の写真が送られてきた。

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この(↑)雪下ろしをしている建物は住まいではなく、農機具などを入れている倉庫
みたいなところ。
住まいのほうは部屋数も多く、広い。当然屋根も広い。その家に妹夫婦二人で住んで
いる。

田舎はどこも似たような状況だ。とにかく家が大きいのだ。その上にドカ雪が積もる。
雪の重みに耐えかねて家がミシミシと音を立てると、怖くて寝ていられず、夜中でも
屋根に上がって雪下ろしをしなくちゃならない。

東京に来たばかりのころ、冬でもパンプスで街を歩けるのが信じられなかった。
雪国の冬の苦労を思い、おてんと様のなすこととは言え不公平だと思ったものだ。
最近は雪がそんなに降らなくて、つい忘れていたけれど、子供のころ味わった雪の
恐怖がよみがえってきた。

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