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2011/10/02

神田上水(2)

土曜日は後楽園で終わったので、翌日曜日は地下鉄後楽園駅から続きを歩く
ことにした。後楽園に立ち寄るつもりはなかったが、ぐずぐずしていたら12時に
なってしまったので、後楽園入口にある「お食事処」でお昼を食べることに。

S

お昼の定食はこの(↑お弁当)とお刺身定食、煮魚定食で、どれも630円と
お得!もしこの付近に勤めていたら、ときどきランチを食べにここに来るわ。

エネルギーを補充したらウォーキング開始だ。
このあと後楽園近くの「巻石通り」を歩いて江戸川橋まで行く。

S_2
(左側、坂の下側が神田川)

「巻石通り」は神田上水が通っていたところで、道が傾斜していて歩きにくい。
途中にある「水道端図書館」で新聞を読んだりして、1時間ほど休憩した。

巻石通りの端に神田上水の説明があった。

S_3

このすぐ向い側に神田川沿いに細長く延びた「江戸川公園」がある。

S_5

この公園にある「大滝橋」の近くに神田上水取水口「大洗堰」があったが、今は
少しの遺構と由来の説明プレートがあるだけだ。

S_13

S

この公園で意外なことを知った。芭蕉がこの地に4年間居住して、神田上水の
改修工事に監督として携わっていたというのだ。
芭蕉って単なる俳人ではなかったのね。「隠密」だったなんて説もあるようだし。

S_2

江戸川公園を抜けると「椿山荘」の塀がつづき、その先に「関口芭蕉庵」がある。

S_7

入場無料だったので、ちょっと入ってみた。うっそうとした緑に囲まれていて、
都心のど真ん中とは思えない。この芭蕉庵も江戸川公園も神田川と急勾配の崖の
ような斜面にはさまれている。

S_8

急斜面の下と上をつなぐのが「胸突坂」だ。

S_9

この坂の途中に芭蕉庵の裏口(?)や神田上水の守護神といわれている「水神社」が
ある。江戸時代は大切に扱われただろう水神社も、今は人影もなくひっそりとしていた。

S_10

胸突坂を上がりきったところに「永青文庫」があったが閉館中だった。
このあたり一帯は肥後熊本藩細川家の下屋敷で、永青文庫には細川家が蒐集した
数々のお宝が保存されているらしい。せっかく急坂を上がってきたんだから、
ちょっと見せてもらいたかったな。

S_3

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江戸を歩く」カテゴリの記事

コメント

都会の真ん中でお得なランチでしたね。

東京もこのあたりは坂だらけ、昔の人は歩きやすいウォーキングシューズも無く草履などで行き来していたんですから大変だったでしょう。
細川家の美術品は凄い量らしいですが東京のこんなところに美術館があるとは知りませんでした。
熊本行った時、県立美術館の一角に永青文庫の展示するスペースがありました。こちらが本場でしたか。入れなくて残念でした。

急に涼しくなってきましたね。楽しい江戸散歩続けてください。

芭蕉が神田上水の改修工事に監督として携わっていたとは面白い。
西湖の蘇提を築いた蘇東坡も知事でもあり詩人でもあったんですよね~
在任しながら文学的作品ものこせる余裕、すごいですね。

昨日嵐山、太秦方面の秦氏の史跡めぐりしてきました。
暴れ川であった桂川にかかる渡月橋少し川上に、木製の杭を並べた堰を造ったことで京都の発展が始まります。
秦氏がもたらした最新技術がなければ、桂川流域の安定は難しかったようです。
渡月橋のほとりには川の神様を祀った神社もありました。

HANAさん、このランチはお得でしょう?
このあいだ来たときに目をつけていたんです。機会があったら、いちど食べてみたいと。食事をするだけなら、入園料ナシですからね。

もしここが満員だったとしても、すぐ隣が日中友好会館で、入ってみたい茶館(ランチも出す)やレストランがあるんですよ。この次は茶館のランチを食べてみたいわ。(実は少し前にここのレストランで坦々麺を食べたんです)

永青文庫は、入れなくて残念でした。
水戸家、細川家、汐留遺跡で発掘された伊達家、保科家など、江戸は武家屋敷ばかりだったんですね。坂の多さに「山の手」を実感しました。私が住んでいる下町は、そういえば坂が無いですわ。

うららさん、芭蕉が改修工事の現場監督だったなんて、本当に意外でしたわ。現場監督と俳聖、ふたつのイメージがあまりにも違うので、芭蕉が工事現場で指揮している姿が想像できません。

でも確かに、西湖の蘇提を築いた蘇東坡も白堤を築いた白楽天も、行政官だったんですね。白楽天なんて日本の平安歌人憧れの詩人でしたから、その人が現場にでかけて土木工事を指揮していたと知ったら、紫式部もビックリでしょう。

平安時代といえば京都ですね。日本文化のエッセンスが詰まっている都ですから、いろんな角度から探索できますね。でも奥が深すぎて、ちょっと太刀打ち出来ないですわ>京都検定

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