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2011年9月

2011/09/24

神田上水(1)

このあいだ杭州で「京杭大運河」を見て、土木工事が文明を築いてきたと再認識
した。土木工事というと今でこそ「税金無駄遣い」や「談合や汚職」が連想されて
イメージ良くないが、土木工事なくして人類の歴史や文化はありえない。

とくに水道は文明の代名詞のようなもので、古代ローマの遺跡といえば、欧州
からアフリカや中東にわたる広大な領土に築かれた水道橋を思い浮かべる。
水なしに人間はいきていけない。水なしに都市は成り立たない。

私が江戸歩きの最初のテーマにしたのは、そういうわけで「江戸の水道」だ。
でもどこに行けば江戸の水道のことが分かるの?
東京都水道局のHPを見たら、水道橋近くに「東京都水道歴史館」があることが
分かった。(入場無料)さっそく行ってみる。

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お茶の水駅と水道橋駅のちょうど中間あたりにある、きれいで静かな(入館者が
少ない)博物館だった。

受付カウンターで無料音声ガイドを借り、数種類のパンフレットもらう。
「水道の史跡さんぽ」などあって役に立ちそうだ。ちなみに上水というのは水道の
こと。下水に対して上水と言った。

Nec_0154s
(↑これ面白そうだけど、10月1日は都民の日で入館料無料になる博物館に行く
予定なので、残念だけど参加できないなあ)

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(お茶の水の懸樋。神田川の上に懸けられた水を渡すための橋。現在のJRの
駅名にもなっている“水道橋”の地名は、この懸樋が由来)

東京は巨大工事がひんぱんに行われているので、そのたびに江戸時代の遺跡が
見つかるようだ。

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(旧東京都庁舎跡地から出てきた木樋。当時の職人の高い技術がわかる)

S

私がいつも通る汐留からも、伊達藩などの大名屋敷跡から多くの上水設備が発見
された。

S_2
(写真は伊達家屋敷跡。イタリア公園がある辺りかな)

何気なく歩いている道だけれど、ここに伊達藩などいくつかの武家屋敷があった
かと思うと、つい高層ビルの谷間に江戸の名残をさがしてしまう。

でも未来都市のようなビル群が並んでいて、江戸らしさなど何処にもない。

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(現在の浜離宮と汐留ビル群)

今見ているこの風景も、やがて時の流れに埋もれて遺跡になってしまうんだな。
無常だな‥なんて思うと、ちょっぴりセンチメンタルな気分になる。

S_3
(水道橋名由来のレリーフ)

水道橋駅の周辺には江戸上水の史跡がいくつかあるので、ウォーキングしつつ
行ってみる。もっとも史跡といっても、記念碑やレリーフがあるだけだけど。

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JR水道橋駅でおり、水路のモニュメント(↑)のある外堀通りを神田川沿いに
少し歩くと、「お茶の水分水路」「神田上水懸樋跡」などの記念碑がある。

S_4

そうそう、水道歴史館を出てからお茶の水に戻り、超近代的な「明治大学」の
レストランでランチを食べた。そこで疲れをとってから、「とちの木通り」と
いう落着いた小路を水道橋方面に向って歩いた。

Nec_0176s

途中には「男坂」「女坂」など急階段の坂があった。
もう少し行きアテネフランセを過ぎると、中央・総武線の線路に沿って水道橋に
続いている坂道に出る。

Nec_0178s

この坂道の名は「皀角坂(さいかち坂)」
皀角の木が多くあったためこの名がついたと書いてあったが、皀角の木ってどんな
木かしら?

それにしても、この界隈は本当に坂道が多い。上水史跡めぐりが終わったら、次は
江戸の坂道めぐりをしようかな。(←気分はすっかりブラタモリ)

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こちら側の線路沿いにも「神田上水懸樋跡」のプレートがあった。

今日最後の江戸上水の跡は「小石川後楽園」だ。

S

今年この大名庭園を訪れるのは2回目、「西湖の堤」をイメージした場所があると
いうので、8月の杭州旅行の前に見に行った。それまでこの庭園に入ったことは
なかったし、そのときも「神田上水の跡」なんて無関心だった。

S_2
(内庭)

前回は「ストレッチできるシューズ」のせいで足痛を起こし、庭園鑑賞する気分に
なれなかったが、今回はけっこうジックリ歩いて庭園の魅力を味わうことができた。

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(神田上水跡の小川。今は井戸から水を取っているようだ)

小石川後楽園には巨大望遠レンズを構えた中高年がたくさんいた。
写真クラブの撮影会でもあったのかしら?

2011/09/21

台風襲来

台風が来るということで、今日は3時過ぎに早退した。
もうその時刻には風雨が荒れ狂っていたので、「ゆりかもめ」で新橋まで行くことに
したのだが、「風が強いのでスピードを落として運転しています。運転休止に
なることもあります」と表示が出ていて気が気じゃなかった。

S

「ゆりかもめ」は海の上を走っているし、しかも高架なので、台風になったら
真っ先に止まると思ったけど、頑張ってよく動いてきてくれたわ。
(その後運転見合わせとなったので、早退して正解だった)

車輌はラッシュ以上のぎゅうぎゅう詰めだったけれど、無理やり乗り込んで何とか
新橋までたどり着いた。
新橋駅ではJRが動いていなかったので、地下鉄を乗り継いで「錦糸町」まで
わりとスムーズに来ることが出来た。
(地下鉄もその後運転を見合わせたので、早めに乗ってよかった)

S_2

錦糸町は、私にとっては帰る街だが、ここに会社があって通勤してくる人のほうが
多い。JRが止まっているということで、地下鉄の錦糸町駅は帰宅を急ぐ人たちで
混雑していた。

S_3
(地下鉄錦糸町駅で路線図を見る人たち)

駅には着いたものの、外はますます風雨が激しくなって、とても傘などさせない。
こんな中を無理やり歩いてケガでもしたら馬鹿らしいので、しばらく駅前のビルで
コーヒーを飲んだり本屋で立ち読みしたりして過ごし、少し勢いが弱まった頃を
みて走って帰宅した。

テレビニュースでは、駅で足止めされた通勤客の様子を映していた。
暴風雨のなかを歩いて帰る人もいる。「何もそこまでして帰ることないだろうに」
と思うのは、私がよるべない(気ままなとも言う)一人暮らしだからかな(^o^;)

2011/09/18

江戸を歩く

東京駅周辺の地下通路を歩いていたら、こんなポスターが目に留まった。

Nec_0176s

「国盗り」に精を出している皆さんの話をよく聞くが、私は車の運転ができない
ので、日本全国にわたる「国盗り」はちょっと無理だ。でも範囲が「江戸」なら
電車で行ける。これなら私でも出来そうだ。

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(地下鉄にはこんなポスターも)

どうせ江戸をテーマに歩くのなら知識があったほうがいいと、ポスターに載って
いた「江戸文化歴史検定」も目指すことにした。
地下街ウォーキングも飽きてきたし、いつも変わり映えのしない壁ばかり見ていた
んじゃ、効果も上がらないような気がするので、そろそろ地上歩きに移りたいわ。

というわけで、猛暑の今日はとりあえず図書館まで歩き、「江戸文化歴史検定
中級」の本を借りた。本当は初級を借りたかったが、なかったのだ。まあ知識に
初級も中級もないと思うから、とりあえず読んでみよう。

その足で「江戸東京博物館」まで歩く。ここは「江戸検定」の設立元でもある
ので、関連する本がいろいろ揃っている。

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博物館で近くの亀沢町の秋祭りをやっていた。亀沢町は北斎が生まれ暮らした町。

大相撲開催中で混雑している両国駅前のコーヒーショップでひと休みし、たった今
借りてきた「江戸検」の本を読んでみる。馴染みの地名がつぎつぎに出てきて、
なかなか面白そうだ。

「江戸検公式ブログ」を見ると、老若男女を問わずいろんな人が受験している
ようだ。でもとくに高齢者に楽しみや元気を与えるんじゃないかしら。

せっかくその気になったのだから、近場の江戸名所に立ち寄ってみたかったが、
あまりの暑さにとても歩く気になれず、電車に乗って錦糸町に戻った。

Nec_0185s

普段は使われない両国駅ホームでは無料のジャズ演奏をしていた。このホームは
ときどき行事やビアガーデンなどで利用されている。

それにしても暑い。早く秋風が吹いてほしい。


2011/09/13

日々のスナップショット

昨日の中秋の名月は6年ぶりに満月と一致したのだという。
「うららさんのブログ」でそれを知ったのが、帰宅してお風呂に入って晩酌した
あとだった。もうこんな状態では外に出て月を眺めることもできない。ベランダ
からも月は見えない。

惜しいチャンスを逃してしまったわ。

今日帰宅時に夜空を見たら、丸く膨れ上がったオレンジ色の月が浮かんでいた。
それがやけに低いところにある。輪郭もボンヤリしている。とても名月とはいえ
ない。あれって本当にお月様だったんだろうなあ。

スマホを取り出してスナップショットを撮ったが、車やらコンビニやらのライトが
まぶしすぎて、月はその中に埋もれてしまった。

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少し前にウォーキングで東京国際フォーラムに行ったら「東北地方の物産展」を
やっていて、イケメンの伊達政宗さまもいらしてた。
女性ファンが何人か取り巻いて写真を撮っていたので、私もミーハーらしく一枚
パチリ。最近はいろんな人気者がいるのね。

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まったく脈絡ないけど、洗濯物を干そうとベランダに出たら、スカイツリーの上を
飛行船らしきものが浮かんでいた。最近はときどき秋らしいお天気になり、スカイ
ツリーがよく見える。

2011/09/11

西湖の堤

杭州西湖は今年6月に「世界文化景観遺産」に登録された。
「自然遺産」でもなく「文化遺産」でもなく「文化景観」という複合遺産になった
のは、西湖が単なる美しい湖ではなく、長い歴史のなかで整備され文化を築いて
きたからだろう。

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(ANAの資料より)

西湖には二つの堤がある。822年に詩人白居易(日本で白楽天として知られて
いる)が築いた「白堤」(1km)と、1089 年にやはり詩人、書家として有名な
蘇東坡が築いた「蘇堤」(2.8km)だ。

蘇東坡が知事として杭州に赴任したとき、西湖の半分が泥に埋まっていた。
蘇東坡は20万人の人を集め、西湖の泥をさらい、その土を盛って蘇堤を築いた。
これにより西湖は蘇り、この堤は蘇堤と呼ばれるようになった。

千年以上に渡り人の手で整備し続け、また多くの詩人芸術家がその美しさを称え、
それを伝え聞いた人々が憧れを抱きつづけた西湖は、自然というより文化の側面が
強い世界遺産なのだ。

とくに「蘇堤」は「西湖の堤」として日本の大名庭園にも取り入れられ、憧れの
対象になっていたようだ。(岩国の錦帯橋のモデルも蘇堤)

Photo
(小石川後楽園の西湖の堤)

この「ブログ」に西湖の堤の説明が載っていた。

NHK「美の壷」(大名庭園)にもあった。

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杭州最終日、フライトがお昼過ぎなので午前中に「雷峰塔」に行った。
HANAさんの旅行記に、西湖全体が見渡せて良かったと書いてあったので、ぜひ
行きたいと思っていたのだ。「お目当て」は西湖の堤「蘇堤」全体を見ること。

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(左手に見えるのが緑の並木道がつづく蘇堤)

台風が来たら断念しなければならなかったが、幸いなことに進路がそれて、この
日は多少もやっているけど良いお天気だった。

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(電動カートで蘇堤を行く)

江戸時代の大名が思い描くだけだった西湖の堤を、身分は比べようも無い庶民の
私がすいすい渡っていく。ま、良い時代に生まれたと感謝すべきでしょうね。

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(かなたに堤にかかる橋が見える)

2011/09/04

杭州旅行(孫権子孫の龍門古鎮)

諸葛孔明の子孫の村のあと孫権の子孫の村「龍門古鎮」へ行く。

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東漢時代の文学者が「山紫水明で、中原龍門にも勝る」と絶賛したことで名付け
られた「龍門古鎮」には、明や清の時代の建築物が建ち並び、その間を縫うように
玉石を敷き詰めた道がつながっている。

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ガイドさんによると、孫権の何代目かの子孫が、川(←名前は忘れた)から流れて
くる石がたまる中流ということで、この場所を選んだのだという。村人の90%が
孫さんだ。石は建物や道などの建築材として使われた。
ちなみに上流には諸葛八卦村があり、下流に杭州がある。

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村の一部しか歩けなかった諸葛八卦村と違って、龍門古鎮は村人の生活の場にも
ドンドン入っていく。時には一般の住宅の中を通っていくこともあったが、住民は
気にする様子もなかった。

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道は複雑でしかも卵型の石が敷き詰められているので、歩き回るのは疲れる。
清末期に太平天国軍が村を占領しようとやってきたが、道に迷ってしまい、結局
撤退したのだとか。ガイドさんも、最初の3回は先輩について道を覚え、4回目に
やっと一人で案内したと言っていた。それでも出口を探してウロウロしていた
けど。

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(最近は携帯が普及したので、こんなプレートがかけられていた)

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道に沿って疎水が流れている。その流れる方向に歩いていけば、迷路から抜け
られるガイドさんが教えてくれた。

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小さな痩せた猫ちゃん。ご飯、食べていないの?

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(文革のスローガンと計画表)

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(これは最近のスローガンだよね?)

古い石造りの建築物はもちろん魅力的だが、私の印象に残ったのは、文革時代の
スローガンなど近現代の名残のほうだった。

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ところで、諸葛八卦村でも龍門古鎮でも村のもっとも重要な施設は、当然のこと
ながら祖先を祀る御堂だ。玉石を敷き詰めた広場に面して「孫氏祠堂」が建って
いて、その中に見覚えのある孫権の大きな肖像画がかかげられていた。

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孫権は黄色い髪と青い目の人物だったと歴史書に書いてあるらしいけど、漢民族
ではなかったのかな?

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家系図には近代中国の父「孫文」の名も見える。私から見ると孫権より孫文の
ほうが大物度は上だと思うけど、中国人の評価はどうなのかしら。

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ちなみにこちら(↑)は諸葛八卦村の家系図。現在は第55代目で、第47代の
人が日本に留学したと書かれていた。初期の時代はずっと子供一人だけで
細々と家系がつながってきたようだ。

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古い歴史を持つ龍門古鎮だが、真夏のせいか観光客の姿は少なかった。
村の主要な産業はラケット作りだとガイドさんから聞いた。

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