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2008年9月

2008/09/28

このごろ思うこと

瀬戸内寂聴が「ぱーぷる」というペンネームでケータイ小説を書いていたという。

ふだんケータイを使わない私なので、ケータイ小説も読んだことがないが、どうやら
普通の小説とは文体がだいぶ異なるらしい。

それにしても86歳の寂聴さんの溌剌としていること。
年をとるにつれて、いろんなことを諦めなければならないと思っていたが、気持
ひとつで新たな楽しみをみつけることもできるのだな~。

2~3日前の夕刊に「健康マージャンが熟年に人気」という特集が載っていた。
頭の体操になるし、仲間づくり、生きがいづくりにもなるというわけで、とりわけ
女性の参加者が増えているという。
マージャンを教えてくれる教室もいろいろあるようだ。

むかしマージャンゲームで遊んだことがあるし、何回かは卓を囲んだことも
あるが、マージャンは一人では出来ないので遠ざかってしまい、今ではやり方も
すっかり忘れてしまった。
また教室に行って始めようかな。どこか良いところ、ないかしら。

発祥の地・中国でも街角でマージャンをやっている人をよく見かけた。
日本と中国のルールは同じかしら?囲碁の国際大会はあるけれど、マージャンも
あるのかな?

マージャンとは関係ないけど、アメリカ経済がおかしくなって、世界中にもその
影響が及んでいる。ど素人の私でも、アメリカ型資本主義がこのまま繁栄しつづ
けるわけは無いと思っていたけれど、状況は想像していたよりずっと深刻そうだ。

私のメインバンク happy01 三菱UFJが、モルガン・スタンレーに巨額資金を
出資するようだけど、アメリカ経済のドロ沼に引き込まれないようにして欲しいもん
だわ。まあメインバンクと言っても、カード代金を決済する程度の預金しかない
けど。

社会も個人も、上昇志向ばかりでやっていたら、必ず行き詰ると思う。
収入を増やそうと無理をすれば、いろんなところに軋みが出てくるから、これ
からは少ない収入でどう暮らしていくか、貧乏生活を楽しむくらいの気持で
いた方が好いんじゃないかしら。

でもいちど贅沢な暮らしを経験すると、なかなかレベルを落とすことが出来ない
んでしょうねぇ。私だって「旅をするな」とか「お酒をやめろ」とか言われたら
断固「NO!」と答えるもの。

生活レベルを落とすと言っても、扶養家族のいる人は難しいだろう。
自分だけなら貧乏暮らしOKでも、子供がいたらそうは言っていられないもの。
それに若い人が夢をもてない社会も困るわ。

ともあれ、世界の国々は政治でも経済でも緊密に関係しあって、危ういバランスの
上に立っているんだと、あらためて思う今日この頃なのだ。

2008/09/27

世界遺産「開平の望楼と村落群」(3)

ネットで読んだ情報には、「バスターミナルで客引きしているバイクタクシーだと
ボラれる心配があるから、ホテル前にいるタクシーと交渉したほうが良い」と
書いてあったのだが、時間が悪かったのかホテルの前にタクシーなど見当たらない。

やっぱりもう一度バスターミナルに行ってみようかなぁ~と、バス停あたりを
ブラブラしていたら、そこに「赤坎」という行先を掲げた9番のバスがやってきた
のだ。

「赤坎」といえば、世界遺産の村落のひとつ「赤坎古鎮」のことじゃない?
私はとっさにバスに飛び乗った。
終点まで行って、もし違ったら、同じバスで引き返せばいいわ。

バスは市街地を抜けると、古代中国を思わせる真っ直ぐのびた道を走りはじめた。
Img_1602ss_2

田園地帯だが、ときどき真新しい別荘のような建物があったり、写真で見た要塞の
ような石造りの望楼があったり、不可思議洋風建築がある町を通り過ぎたりして、
けっこう面白い。

Img_1670ss

望楼や洋風建築は、どれも廃れた感じで黒ずんでいた。廃墟になって野ざらしに
されている建物もたくさんあった。世界遺産になったからには、何らかの保存策が
とられるんだろうけど、1833もあるんじゃ管理も大変だろう。むしろ崩れるままに
しておいた方が、「華僑が去ったあとの村」って感じで、味わいがあると思うんだ
けどね。

ともあれ、片道たった2元(32円)で、これだけ見学できたら十分だわ。

バスは赤坎の町中を走り抜けて終点のターミナルに着いた。ターミナルと言っても、
バス2~3台でいっぱいになる狭い広場だけど。

そこから歩いて、今バスが走ってきた通りを引き返した。

Img_1603ss

まるでアメリカ中西部のゴーストタウンみたいで、ここが中国だということを
忘れてしまいそう。
ひとくちに洋風建築といっても石造りあり、タイルありで、いったい何の建物を
見本にしたのか判断できない。

Img_1604ss

町は土曜日のせいかひっそりしていた。観光客の姿もない。
広州や香港からの日帰り観光だと、もうこの時間は帰途についているのだろう。

Img_1615ss

この果物屋さんだけが活気あったな。

Img_1623ss

この土鍋は赤坎の名物釜飯だと、「ペリカン便り」という企業のブログに書いて
あった。でもお店には誰もいなかった。営業時間外なんだろう。

バスターミナルから川沿いの道に出ると(進行方向左側)、古い橋が見える。

Img_1643ss

この橋を渡った対岸に観光バスなどの駐車場があるようで、数人の観光客が記念
撮影していた。

また橋のすぐ近くには、赤坎で唯一入場料(20元)をとるお屋敷があって、「影視城」
(映画城)と呼ばれている。
この建物を使ってたくさんの映画撮影が行われたので、そういう名称がつけられた
のだとか。

Img_1657ss

それにしても暑い。町中をあちこち歩き回ったために、背負っているリュック
サックが汗でびっしょりになってしまった。

Img_1660ss
(影視城の中にある華僑資料室)

無理をしたら熱中症になってしまうかも知れない。ここは少し休憩しなくてはと、
誰もいない影視城でしばらくぐったりと座り込んでいた。

Img_1661ss
(影視城)

2008/09/23

世界遺産「開平の望楼と村落群」(2)

所要時間2時間のはずだったのに、大渋滞のせいで3時間以上もかかって、バスは
ようやく開平のターミナルに到着した。

でもホッとしているヒマはなかった。何はともあれ、今夜の宿を確保しなくては。

ターミナルビルの前はすっきりした広場になっていて、かたわらに市内路線バスの
乗り場が並んでいる。その行先をひとつずつ調べて、3番のバスが「海景酒店」に
行くことを発見した。

Img_1598s

中国の路線バスは停留所名がぜんぶ表示されているので、漢字が読める日本人
には便利だ。この「海景酒店」は、泊まった人の話がネットに載っていたので、
第一候補としてメモしておいた。だから迷うことなく3番のバスに乗った。

バス停の表示には、1~7駅までは1.5元、8駅以上乗ると2元と書かれている。
「海景酒店」は「汽車駅」(バスターミナル)から4つ目なので、1.5元を料金箱に
入れた。

ところが、あとで分かったのだが、私がいたバス停は、同じバスターミナルでも
「汽車駅」(こちらは市内中心にあって、正確には長沙車駅)ではなく、プレート
の左端にある「義祠駅」(プレートでは簡体字)だったのだ。

冷静にルートを見れば、ここは始発駅だから「汽車駅」じゃないということが
分かったんだけどね。まあでも始発駅だからゆっくり座れたし、途中市内も観察
できたから、結果オーライだったかな。(1.5元しか払わなかったし‥‥^o^;)

この二つのバスターミナルはいくつもの路線バスが結んでいる。
ネット情報では、バスターミナルにたむろするバイクタクシーはボルから要注意と
書いてあったが、私が着いたバスターミナルにはバイクタクシーなどいなかった。
でも市内にある「汽車駅」にはバイクタクシーの運ちゃんがウロウロしていて、
何度も声をかけられた。

「汽車駅」を過ぎると大きな川が見えてくる。
そこにかかる長い橋を渡ったら「海景酒店」だ。

Img_1692s

お昼すぎのホテルはフロントに女性が一人いるだけで、のんびりお昼寝している
ような雰囲気が漂っていた。そのフロントの女性に「シングルはいくら?」と
聞くと、ホテルの料金表のダブルベッドルーム320元のわきに190と書いた
ので、それでOKした。

Img_1822s

ここに泊まったという人も同じ190元だったので、
どうやら飛び込み客が来たら190元と決まっているらしい。

部屋は広くて、設備も揃っていて、190元(3000円)は本当にお得だと思う。
バスタブはないが、ガラスの引き戸がついたシャワールームがあるし、お湯も
お水もよく出る。もちろんお茶セットと歯ブラシなどの備品も完備している。

いつも思うのだけれど、中国はホテルのコストパフォーマンスが良い。
場所によっては、この料金にブッフェスタイルの朝食が付いていたりするもの。

部屋でお茶を飲んでから、お昼を食べにホテル内のレストランに行った。
昼食には遅い時刻だったので大きなホールは片づけをしていて、個室のほうに
案内された。

Img_1599sss

何を注文したらよいか分からないのでお任せにしたら、排骨何とか
という料理が出された。骨付きばら肉ということだろうが、味はいいんだけれど
肉より骨が多くて、食べにくくて困った。
でもこれで17元(270円)だから、贅沢言うのはやめるわ。
冬瓜のスープは美味しかった。

ともあれ一息ついてエネルギー補給もしたので、望楼群のある地方に行くには
どうしたらよいか調べようと、ホテルを飛び出した。

2008/09/22

今夜は阿波踊り

今夜は「初台阿波踊り大会」に行ってきました。
狭い商店街にひしめくように、たくさんの「連」が踊りながら練り歩き、盛況
でした。でも徳島の人が見たら、「こんなの阿波踊りじゃない!」と言うかも
しれませんね。

F1000017s

そういえば新宿でも「沖縄エイサー祭り」なんてのをやっていました。
錦糸町「河内音頭」もそうですけど、東京は日本各地のお祭りをちゃっかり拝借
して、お手軽にフェスタ気分を味わっています。

もっとも東京は、日本各地&世界各地の出身者が集まっている都市ですから、
どんなお祭りにも、ある程度は本場の要素が入っていると言えますけどね。

お祭りとは関係ないんですが、ブログのアクセスカウンターが間もなく50000番に
なります。アクセスして下さる皆さま、ありがとうございます。

バッチリ50000番をゲットされた「貴方」、宝くじのような臨時収入はありま
せんが、とりあえず「おめでとうございます!」wine カンパーイ

今後ともよろしくお願いします。

2008/09/21

田村能里子

今日、日本橋高島屋で開催中の「田村能里子展」に行ってきた。

田村能里子の展覧会は、もう何年か前に丸ビルのエントランスホールでみたことが
ある。

Ekinaka_020s
(丸ビルの展覧会)

たおやかでありながら力強い女性たちの世界にウットリした。

Ekinaka_032s
(丸ビルの展覧会)

田村能里子自身も、彼女が描く絵画のなかの女性のように美しい人で、でも力強い
というより華奢な人だった。

1944年生まれというから、吉永小百合くらいの年齢だろうか。
今日展覧会場でお見かけしたが、女優の吉永小百合に負けず劣らず若々しく、
華やかな女性だった。

Tamuranoriko

彼女の壁画第一作が中国西安のホテル「唐華賓館」にあるので、西安旅行のとき
見に行くつもりだったが、疲れていて結局断念してしまった。
西安にはまた来るつもりだったので、次回にゆっくり鑑賞しようと思ったのだ。

でも西安まで行かなくても、彼女の制作した壁画が近くにたくさんあるので、
涼しくなったら訪ねてみよう。(オフィシャルHPに載っています)

2008/09/20

世界遺産「開平の望楼と村落群」(1)

広東省(省都は広州)は華僑の故郷としても有名だ。

清朝末期に多くの中国人が苦力(クーリー)として海外に働きに出た。
労働環境は苛酷だったが、やがて成功する人々が生まれ、築いた財産で故郷に
思い思いの豪邸を建てた。

そんな華僑の建てた建築物が、2007年に登録されたばかりの世界遺産「開平の
望楼と村落群」なのだ。

Img_1606ss
(赤坎鎮にて)

広州行きが決まって情報集めをするまで、広東省の村に不思議な洋風建築群が
あることを知らなかった。世界遺産にしては情報が少なく、個人旅行向けガイド
ブックにも、そういう地域があるとほんの少し書いてあるだけで、もっとも知り
たい交通の便やホテルなどの情報はなかった。

これらの望楼は最盛期に3000以上もあったといわれ、現在でも1800以上残って
いる。でも広い地域に散らばっているし、情報は少ないし(そもそも現地の人も
詳しくは知らないらしい)、だいたい数が多すぎるから、何から何まで見ること
なんて無理だ。

インターネットには個人で行った人の話も載っていたが、現地でタクシーなどを
チャーターするのが最善の方法のようだった。

もし行くとしたら3泊4日の旅程の2日目しかない。
そんなことも考えて、広州到着日と帰国日は広州市内のホテルを予約したが、
2日目だけは空白にしておいた。
とにかく広州に着いてから、バスの便など調べて行くかどうか決めよう。
もうトシなんだから無理しないようにしないと‥‥。

ああ、でもそう言いながら、いつも無理してしまう私だった。

広州に着いた二日目に、ホテルに荷物を預け、1泊分の下着をリュックサックに
詰め込んで、バスターミナルのある広州駅まで行った。地下鉄「広州火車駅」は
ホテルのある駅から乗換なし四つ目と近い。(火車は汽車で、汽車はバス)

この地下鉄駅は地下通路で三つの大きなバスターミナルにつながっていて、方向
表示もあるので迷うことはない。
私はまずもっとも大きそうな「省バスターミナル」に行ってみた。

Img_1593s_2
(省バスターミナルにはインフォメーションがあった)

でも電光掲示板に流れる行先に「開平」の文字は見当たらない。
また地下通路に下りて、今度は鉄道駅近くにある「流花バスターミナル」に行って
みた。ここの切符売り場で「開平」と書いた紙を見せたら、すんなりチケットが
発券された。

Img_1596s

係員が「乗り場は市バスターミナルだから、そのビルの3楼(3階)に行け」と
いうので、流花バスターミナルから外に出て、途中で道をたずねながら、市バス
ターミナルまで歩いた。

市バスターミナルに行って分かったのだが、出発待合室のある3階は私が最初に
行った省バスターミナルの2階と、歩道橋でつながっていたのだ。

Img_1592ss_2

たぶん省バスターミナルでも開平行きのチケットは買えたんだと思う。
あちらにはインフォメーションのカウンターもあったから、聞けばよかったわ。

時刻どおりにバスは出発した。開平まで所要時間は2時間くらいらしい。
2時間くらいなら大丈夫だと思ったが、念のためにトイレに行った。
これが大正解だったことを、すぐに知らされることになる。

Img_1597ss

広州市内を離れて高速に入ると、バスは大渋滞に巻き込まれてしまったのだ。
けっきょく開平到着まで3時間以上かかった。

広州の地下鉄

貧乏旅行者の私は、できるだけ公共交通機関を使って移動することにしている。

今回も、広州では「地下鉄」 開平では「バス」が、とても役に立ってくれた。

Img_1554s

広州の地下鉄は近代的で快適だ。
まず自動券売機でチケットを買う。
4路線が色分けされているので、目的の駅にタッチすると料金が表示される。

Img_1562s

チケットと言っても日本のような紙ではなく、プラスチックのコインのようなもの。

Img_1557s

これを、入る時はsuicaのように「読み取り機」にかざし、出る時は硬貨投入口
のような所に入れる。そうすると改札が開く仕組みになっている。
それ以外にICカードもある。

Img_1558s

自動券売機ではコインがいちばん便利だ。
春先にウルムチに行ったときは、コインをいちども見かけなかったので、もう
流通していないのかと思っが、そんなこと無かったわ。
お札も使えるが、スムーズにいかないケースが多い。

ホームと電車のあいだに透明のしきりがあって、ドアといっしょに開く。
これなら転落事故の心配もない。
東京の地下鉄にもこの方式のところがあるわね。

私が見た範囲ではすべての駅にエレベーターがあったが、「障害者用」となって
いたので、普通の人が乗ることはなかった。
エスカレーターも、ソウルの地下鉄よりは行き渡っていた。

惚れ惚れしたのは、ホームの壁に書かれた駅名の文字。

Img_1714s

ホームで写真を撮ろうとしたら駅員に「ダメ」と言われたけれど、スキをみて
パチッとシャッターを押してきた。

何かと便利な地下鉄だが、広州駅など大きな駅でセキュリティチェックがある
のが、うっとうしかった。

2008/09/17

検索フレーズランキング

ミニ広州旅行をしている間にブログのシステムが変わったらしく、「検索フレーズ
ランキング」なるものが表示されていた。

どんな言葉で検索したら私のブログに行き当ったかを、毎日調べて載せてくれる
らしい。昨日と今日とでは内容が違うから、一日ごとのアクセスが対象のようだ。

最近は7~80人ほどのアクセスがあるが、その90%以上が「検索エンジン」
からだろう。私も旅行前にはいろんな人のブログにおじゃまして情報集めして
いるので、そのお返しとして少しでもお役に立てたら嬉しい。

検索フレーズランキングを見ていると、やっぱり旅関連が多いようだ。
昨日も今日も「サンジミニャーノ」が上がっている。イタリアの世界遺産の町
だけど、世界遺産だらけのイタリアにあっては、ちょっと地味なところだから
ガイドブックにも詳しい情報がないのかな?

「鉱石マニア」なんてフレーズもあった。私のブログのどこにヒットしたのかな?
ラピスラズリ関係かしら?

それにしても「検索エンジン」は、無数のブログやHPの中から関連するものを
どうやって見つけるんだろうと、いつも不思議に思う私なのだ。

2008/09/16

「中秋の名月」は中国の祝日

3泊4日の短い期間だったが、バタバタと広州旅行をしてきた。

9月14日(日)は「中秋の名月」、中国ではこの日が国民の祝日になっている。
(テレビで  Mid-Autumn National Holiday と言っていた)

前日は広州からバスで2~3時間の「開平」に泊まり、午前中に広州に戻って
きたのだが、これまでろくな食事をしていなかったので、お昼に広州三大酒家の
一つといわれる「広州酒家」に行った。

Guang17041_2

でも家族連れやら観光客やら順番待ちでお店は超満員、「一人では無理」と受付の
スリムなお嬢さんに言われてしまった。
まともなレストランや居酒屋では、やっぱり相棒が欲しいわdespair

でも近くに「陶陶居酒家」という有名店があるので、ダメもとで聞いてみたら、おじい
さん&孫の二人連れとの相席でOKとなった。

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両酒家とも月餅を買い求める人たちで混雑していた。

Guang1712
(「陶陶居酒家」にて)

いちどホテルに戻ってから、ふたたび地下鉄でこの近くの「沙面」に来た。
ここには旧租界地の出島があって、イギリスやフランスの建物が建ち並んでいる。
前の日に訪れた開平にあるのは「西洋風不可思議建築群」だが、沙面にあるのは
正真正銘の西洋建築群で、若者や観光客が訪れる人気スポットになっている。
旧日本領事館の建物もあった。

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(HANAさんが泊まった Victory Hotel 。新婚旅行の当てがある人にオススメです)

そこを散策してから珠江に出て、ホテルまで河沿いのプロムナードを歩いていく
ことにした。そう、この日は「中秋の名月」なのだ。休み休み歩いていったら、
そのうちに日が暮れて、お月様が顔を見せてくれるだろう。

Guang1764
(お日様が沈んでいきます)

市街地は対岸で、私が泊まっているホテルもそちら側にあるのだが、ホテル前の
「海珠大橋」からなら、お月様もよく見えるだろう。それを渡って行こうと、
わざわざ対岸に来たのだ。

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(こちらは静かなプロムナード)

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「海珠大橋」は広州でも由緒のある橋のようだ。川面にイルミネーションの明りが
映って、お月見にはきらびやか過ぎるけれど、まあここは派手好き中国だから
ヨシとしなくちゃ~ね。

Guang1785
(橋の対岸に建っているのが、私が泊まったホテル「広州賓館」。エコノミーな
ホテルだけれど、地の利は抜群だった)

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ひとしきり写真撮影してホテルに戻ったら、机の上には月餅とカードが置いて
あった。

2008/09/12

広州で

広州で
訳のわからないお店で、訳のわからない料理を注文したらん、すごく美味しい。良かった。

2008/09/11

広州に行ってきます

帰宅してからバタバタと旅行準備をしています。
何か忘れ物をしそう。

でもパスポートとカードとE-Ticketのプリントさえ忘れなければ、何てったって
行き先が「世界の工場」ですから、現地で調達できますわ。

春先に行ったウルムチは雪が降っていてビックリしましたが、広州はそんな心配
ないので、ボロのTシャツとボロのパンツとボロのシャツというラフな格好して
いきます。身軽がいちばん。

ウルムチ旅行のとき400元ほど残しておきました。
お金があると、空港のリムジンバスに飛び乗ることが出来ますからね。
これで慌てて両替しなくて済みます。

荷物まとめが一段落したので、お風呂に入り、今はチーズをつまみに白ワインを
飲んでいるところです。
でも明日は朝6時に家を出なくちゃならないので、あまり沢山飲まないように
しないと‥‥。寝坊したら大変ですから。

できたら現地からケータイでブログにアップしたいと思いますが、上手くいくか
どうか。それでは、行ってきます。

2008/09/07

広州と杭州

今週の金曜日~月曜日3泊4日で広州に行くので、今日はインターネットから
情報集めした。

広州に関しては情報はいくらでもあるが、最近世界遺産に登録されたばかりの
ヘンテコリンな洋館群のある開平に関しては、ちょっとイメージがつかめない。

広州から開平まではバスで2時間位のようだが、1800以上もある建築物の
ほとんどが郊外の村にあるので、開平市内からそこまでどう行くかが問題だ。
まあ現地に行ってから地図でも買って考えるわ。

おなじ「こうしゅう」でも広いほうでなく杭のほうの話。

先日の新聞に「JALが関空~杭州線を増便する」というニュースが載っていた。
杭州は、米フォーブス誌の「中国大陸ベスト商業都市ランキング」で5年連続
トップになっているのだとか。ベストの理由を知りたいな。

杭州は西湖を中心に広がった風光明媚な都市だ。
私が二度訪れた中国の都市は北京と杭州だけだが、杭州にはそれだけの魅力が十分
ある。

「美しい街」が売り物の杭州なので、市当局は環境保全に神経を使っていて、
とくに西湖の周囲はゴミひとつ落ちていなかった。

Hangzhou_075
(西湖のほとりの茶館)

でも上海から近いので経済発展も急激で、私が訪れたときも西湖のすぐ近くでは
大規模な開発が行われていた。

Hangzhou_230_2

せっかくの美観も、経済発展で脅かされるんじゃないかと心配になる。
お茶の産地でもあるだけに、悪い影響がないといいけど。

ケイチュウ

今朝のNHKニュースで、「ケイチュウ」についての特集をしていた。

ケイチュウって何だろうと思ったら、「携帯電話中毒」のことだそうだ。
つねに携帯メールをチェックし、いっときも携帯電話から離れられないことを
いうらしい。

この中毒は日本だけでなく韓国、中国、米国、英国など、世界中で深刻な問題に
なっているとか。

私なんか携帯電話に電源さえ入れないくらいだから、中毒になる怖れはないが、
今の社会はケータイを中心に動いているのかも知れないわね。

たしかにメールにはいろんなメリットがあると思う。
面と向かっては言えないことも、メールなら伝えることが出来るし、時間も場所も
選ばない。

手のひらに入ってしまうほど小さい携帯電話が、無数の人とつながっていて、
その気になれば見知らぬ誰かとコンタクトをとることも出来る。

孤独な現代人は、人とのふれあいを、携帯メールに求めるのだろう。
それで幸せな気持になれるのなら、決して悪いことじゃないと思う。

でもやっぱり中毒はいけないわね。携帯電話はあくまでも手段でなくちゃ。
まあ実際はそう簡単にはいかないから、中毒になってしまうのだろうけど。

ところで、パソコンメールなら自分の考えをたっぷり書くことができるけど、
ケータイメールでは用件程度のことしか書けないんじゃないのかしら。
それとも、使い慣れると、それで十分なのかな?

ダラダラ長文を書くクセのある私は、ケータイのメル友でもつくって、簡潔な
メールを書く練習をしたほうが好いかもしれないthink


p.s.私は最初からずっと「ドコモ」だが、これは他の会社や携帯電話の料金体系の
知識がないからなのだ。ポイントのこともよく分からない。もしかしたら損を
しているかも。

2008/09/05

B型の本

街角ウオーキングの途中に書店に寄って「立ち読み」するのが好きだ。
情報はたいてい「立ち読み」bookで仕入れている。

立ち読み環境がいいのは「新宿ジュンク堂」かな。
図書館のように本が整理されていて探しやすいし、ベンチがたくさんあるので
座って読めるのも有難い。
でも三越デパートの上階にあるのがちょっとマイナスポイント。

新宿南口の「紀伊国屋書店」は、高島屋&東急ハンズから渡り廊下を歩いていく。
ウオーキング目的ならここがいちばん。

そのほかで好きのは丸の内の「丸善」。東京駅直結なので行きやすい。

ところで最近書店でよく見かけるのが「血液型の本」だ。
私はB型なので「B型の本」というのを立ち読みしてみた。
当然ながら、当たっているところもあれば、外れているところもある。

当たっているところ。

 「人の顔と名前を覚えない」
 「歩く速度が早い」
 「テストのあと面倒くさくて見直さない」
 「死ぬまで自分は16歳くらいで止まったままじゃないかと思う」

‥‥なんてとこかな。まあ立ち読みだから、全部覚えているわけじゃないけど。

でも当たっていないところも多い。

両親ともB型なので私のふたりの妹もB型だが、性格がみな同じってことはない。
血液型で人間がわかれば苦労しないわ。

日本人は血液型にこだわるが、欧米では自分の血液型を知らない人が多い。
その代わり「星座」には異常なほど関心があるようで、むかしイタリアにいた
ときは、よく星座shineを聞かれた。

私は水瓶座aquariusだが、「夢ばかり追って堅実な人生を送れない星だから、気をつけた
ほうがいい」と、イタリア人に言われたっけ。

よりによってイタリア人に、そんなこと言われたくないわ。
「それじゃ、あんたたちは、堅実な生活を営んでいるのか」って、嫌味のひとつも
言いたくなるじゃないの。

でも今の暮らしぶりを見てみると、「そんな星占いは当たっていない!」とも
言い切れない私なのだったcoldsweats01

2008/09/02

パソコンが無かったら

パソコンを始めたのは阪神大震災のときで、パソコン通信を始めたのも同じ時期
だから、もう13年になる。今ではパソコンは、仕事でそしてネットの交流で、
欠かせない人生の友になっている。

niftyのパソコン通信は、初めの頃は電話と共有だったので、フォーラムに書き込み
しているときはtelephoneがつながらず、またうっかり切るのを忘れていると、後で電話
料金の請求がどーんときたりして、いろいろ大変だった。

やたらネチケットにうるさい人がいて、「みかか代」(←意味、わかる?)が
かかるから空白を入れるなとか(←空白も1字だから)、いろいろレクチャー
されたっけwobbly

パソコン通信といえば「オフ」がもうひとつの主役だった。
通信での会話は「オンライン」、反対に実際にあうのが「オフライン」つまり
「オフ」である。beer

オンラインではお馴染みさんでも、実際に会うのは初めての人ばかりだったが、
昔からの知人のようにハンドルネームで呼びあっていた。

ハンドルといえば、イメージに合っている人もいれば全くかけ離れた人もいて、
いろいろと面白かった。途中から全然違うハンドルに変える人もいた。

私は最初からずっと「ろうま」で通していたが、ブログでは、身内や知人でも
分かるようにと、本名のイニシャルをとって「TM」にした。

二つもあったら紛らわしい気がして、ブログも「ろうま」に変えようと思った
ことがあるが、一度つけたブログのタイトルを変更すると「過去ログ」に影響が
あるらしいので止めた。

もちろん、どちらで呼んでもらってもOKです。

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