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2008年5月

2008/05/25

果てしない砂漠

ウルムチから北京行く飛行機では窓側の席をとって、ずっと外の景色を見ていた。
4時間のフライトのうち三分の二は黄色い砂の砂漠だった。

Img_1493

ときどき見渡す限りの砂漠の中に、黒くまっすぐに伸びた線が見える。
道路だろう。こんな果てしない砂漠の中を車で行くのは心細いかぎりだが、
昔は道なき砂漠をラクダを引きながら歩いたのだから、もっと心細かったに
違いない。

砂漠というと「アラビアのロレンス」を連想する。
ロレンスが叫んだ言葉が印象的だった。
「砂漠は美しい!砂漠は清潔だ!」

あの映画で見たサハラ砂漠はたしかに清潔でロマンチックだったけど、眼下に
広がるウイグルのタクラマカン砂漠からは、「不毛の地」というイメージしか
伝わってこない。

Img_1502

砂漠の中に残る山脈も、やがて砂に飲み込まれてしまうのだろうか。
ひたひたと押し寄せる砂の恐怖を目の当たりにした感じだ。

砂漠といえばもうひとつ、西新宿の新宿三井ビル「EPSON Imaging Gallery エプ
サイト」でやっている「三好和義写真展、迷宮の王国モロッコ」には、日本人が
思い描く「月の砂漠」そのものの写真が展示されている。

F1000007

どれもみな美しい写真ばかりで、しばしウットリとモロッコのエキゾチシズムに
ひたってきた。またモロッコに行きたいわ。今度こそアトラス山脈を越えたいな。

こうして旅計画がとめどなく膨らんでしまう私。
シルクロードの旅も実現させなくちゃならないし、あ~もっとお金と時間が欲しい!

2008/05/24

中国、消えたコイン

中国旅行から帰国するとき、中国元の紙幣とコインを残しておく。

むかし香港でビザをとって成都に行ったとき、いちおう国際空港だったのに
両替所は係りの人が不在の開店休業状態で、本当に困った思い出がある。

その反省から、ある程度の元を次回の中国旅行のために残しておくことにしたのだ。
今回はバス代用の1元コインもだいぶ持って行った。

市内バス料金は、経済成長が著しい沿岸部が2元、四川省など内陸部が1元という
ケースが多く、それ以上払ってもおつりはくれない。だからコインは出来るだけ
とっておくようにしていた。

ところが今回行った北京でもウルムチでもコインが見あたらない。
バスの料金箱に入れるのは皆1元紙幣ばかりだ。
(ちなみにウルムチのバス代は0.9元なので、いつも0.1元寄付することになる。
どうして1元にしないのかしら?)
北京空港の公衆電話もカード式でコインの挿入口はなかった。

コインはもう流通していないのかしら?
私はけっきょく持って行ったコインを使わずじまいだった。
コインに使う金属を節約しているのかな?

海外旅行に必ず必要となるのが両替だ。
最近はATMが普及して、カードがあれば旅行できるようになった。
でもこのATM、国によっては信頼性が低いところもあるらしい。

旅友だちのマリさんがメキシコでATMにカードを差し込んだら、吸い込まれた
ままカードが出てこないというトラブルがあった。
マリさんは語学の達人だから対処できたけれど、私なんかがそんな目にあったら
ただただうろたえるだけだろう。

イタリア語では、そんな場合を「マンジャーレ」と言うんだとか。
マンジャーレ「食べる」‥‥そのまんまじゃないの。
やっぱりラテンな国に多そうだなあ。

そんな話を聞いてからは、ATMでお金をおろすとき、必ず営業中の一流銀行(!)で
ATMを利用することにした。いざとなったら、銀行員を呼ぶことが出来るから。

Img_1428
ウルムチ中心部にある立派な中国銀行。ここのATMを使った。

ところでATMから現地通貨をゲットするといっても、どこでもスンナリいくとは
限らない。私の印象では、中国は国際カードでお金をおろせるATMが街中に
あふれているが韓国では少なかった。
もちろん韓国人が利用しているATMはいくらでもあるけど。

2008/05/18

ウルムチ街歩きスナップ

トルファン行きを諦め、その代わりウルムチをいろいろ廻ってみることにした。
と言っても実質滞在2日間だから、路線バスに乗って市内を見たり、近い将来
行くつもりの「シルクロードの旅」にそなえて、駅やバスターミナルを下見する
程度だけれど。

そんなウルムチのスナップショットをアトランダムでアップします。

Img_1462
歩道を走る車。中国の歩道は広い。でも車が平気で割り込んでくるのは困る。

Img_1469
路線バスでウルムチ駅に行ってみた。列車の時刻が電光掲示板で表示されていて
分かりやすそう。ここから寝台列車に乗って庫車とカシュガルに行きたい。

Img_1458
トルファンは「南郊バスターミナル」から長距離バスに乗る。
そのバスターミナルに行くつもりが、降りそびれて、終点の操車場まで行って
しまった。乗客が誰もいなくなってヘンだな~と思っていたら、バスのたまり場で
下ろされてしまった。
でもその帰りに近代的ビルのターミナルを見つけたけど。

Img_1439
羊肉市場行きのバスで終点まで行ってみた。ここには完全にウイグルの世界だ。

Img_1443
モスクは美しい建物だ。

Img_1474
これもモスク?

Img_1446
ウイグル語、ロシア語(?)、中国語、英語で書かれたホテル名。ウルムチは
他民族都市だ。

Img_1479
日語培訓部は日本語教室ってことかな。

Img_1487
清真(イスラム)のとなりのテキサスバー。

2008/05/17

四川大地震と少数民族

四川大地震は、険しい山間部に暮らす少数民族に、はかり知れない被害を与えた。
このあたりは「中国の秘境」といわれているが、最近はその秘境ならではの美しい
自然が評判となっていて、観光客がおしよせている。

世界遺産も多く、今回の地震の震源地「青城山と都江堰水利(灌漑)施設」それから
「楽山大仏と峨眉山」「九寨溝」「黄龍」「 四川ジャイアントパンダ保護区群 」がある。

四川省の省都「成都」は三国志の蜀の都であり、またチベットへの玄関口にも
なっていて、私もいちど行ったことがある。

でも昔からここで暮らしていうる人々にとっては、秘境でも何でもなく、先祖代々
文化を積み上げてきた生活の場なのだ。
観光客である私はそのことを忘れて、「はるばる、こんな僻地までやって来た
なあ」と感慨にふけってしまうが、考えてみれば傲慢なことだよね。

そのかけがえの無い土地や生活手段を地震で失ってしまった人々は、これから
どうなるんだろうか?

先日行った新疆ウイグル自治区も、少数民族が長い歴史を築いてきた土地だ。
私が訪れたのはウルムチだけなので、ウイグルやその他の民族の暮らしぶりや
気持を知ることは出来なかったが、たぶん都会よりも地方のほうが漢族に対する
反発は強いのではないかしら。

中国経済成長の波及効果で、ウルムチに住む少数民族の人たちも、便利な都会
生活を楽しんでいるように見えた。もちろん漢民族に対する反発や不満はあるだ
ろうが、ほんの2~3日滞在しただけではそのへんのところは分からない。

写真は、ウルムチで撮らせてもらった人々。

Img_1395
イスラム教の女性にカメラを向けることはタブーなので、美しいウイグル女性の
ポートレートが無いのは残念。でもそこは中国なので、イスラム国家のような
厳しさはない。この女性に「子供の写真を撮ってもいい?」と聞いたら、よろ
こんでカメラのほうを向いてくれた。

Img_1416
市場でざくろジュースを売る男の子。「写真を撮ってもいい?」とカメラを見せ
たらニッコリ笑ってくれた。

Img_1449
この男性は自分から「写して」と言ってきたので、あまり気が進まなかったが
シャッターを押した。

Img_1450
私としては、こういう男性のほうを撮りたかったんだけどね。bleah

Img_1484
夜市などがある地域の学校帰りの子供たち。だいたいどこでも子供は写真が好き。
でも時にはお金を要求してくる途上国の子供もいる。

2008/05/11

ウルムチB級グルメ

旅の楽しみのひとつは食べ物だ。
欧米のお洒落なレストランは一人では入りにくいが、その点アジアはフードコート、
大衆食堂、屋台があちこちにあるので楽だ。

Img_1422

お昼の二道橋市場はどこも同じようなメニュー。
店頭では大きなお鍋でピラフをつくり、そのかたわらでシシカバブを炭火焼し、
肉まんを蒸している。

Img_1417

現地の人たちで大混雑の食堂に入って、「店の前で作っているピラフ」を注文
したかったのだが言葉が通じず(席が2階だったので、下で作っているピラフと
指差したがうまく伝わらなかった)けっきょく肉まんを食べるはめになって
しまった。

Img_1455
これで5元(75円)

ウエイターの青年がこれでいいのか心配そうに聞いてきたので、「OK」と答えた
けれどね。料理の写真がガイドブックに載っていたのだから、それを指差して
注文すべきだったと、いつも後になって反省する私だった。
まあ肉まんが美味しかったから良かったけど。

シシカバブを食べながら歩きたかったが、ここでは買い食いが禁じられている
のか、必ず店のなかに入れという。
2~3本しか食べないんだから、いちいちテーブルにつくのは面倒くさいよね。

Img_1483

ホテルに向かう道の途中ちょっと横道に入ってみたら、こんな夜市の通りに行き
当たった。

Img_1485

でも今は冬なので夜市はやっていないようだ。観光客がいないから仕方ないけど、
残念だなあ。

Img_1488

夜市はやっていなかったが、こんなバラック仕立ての一杯飲み屋があった。

Img_1489

シシカバブが美味しそう。ここなら立ち食いしても大丈夫らしいので2本食べた。
バカうま。もう何本でも食べられそうだ。この旅いちばんのグルメだったわ。

Img_1491

バラック小屋のなかではビールなど飲んでいるようだ。イスラム教徒なのにビール
飲んでいいのかね?ここは中国だし、軽いお酒ならいいのかも。
ひとくちにムスリムといっても国や地方や宗派によって千差万別なので、先入観に
とらわれないようにしないと。

2008/05/10

ウルムチを歩く

博物館を出てからは地図を片手にひたすら歩き、ウルムチの中心地「紅山」まで
行った。

Img_1379
奥のほうに紅山が見える。

この紅山に上がるとウルムチ市内を一望できるうようだが、このあたりはやたら
工事中でどこが上り口か分からなかったので、紅山登山は諦めた。

Img_1377

ここにも大きなスーパーマーケットがあったので、しばらくブラブラ歩き、それ
からバスでウイグル人の街「二道橋市場」に行った。

Img_1420

他の地域でもウイグル人の姿をけっこう見かけたが、ここ二道橋市場は歩いて
いる人のほとんどがウイグル人だ。
ここに来るとアラブの市場に紛れ込んだような気分になる。

Img_1415

国際バザールには物産やお土産品などいろいろなお店が入っており、地下には
チベット問題で攻撃の的となった「カルフール」がある。
私が行ったとき、ウルムチのカルフールは平穏だった。
まあここはウイグル人の街だから、さすがの漢民族も騒げないんだろう。

Img_1452

ここにもケンタッキーフライドチキンがあった。
どうして中国のファストフードはKFCだけなんだろう?他の地域でもKFC
ばかりだった。何か事情がありそうに感じるのは私だけ?

広い店内はウイグル人家族でいっぱいだった。若い人たちは携帯電話で会話に
熱中している。片手にケータイ片手にコーヒーカップなんて、若者文化は世界中
同じなんだな~と感心する。
客席はウイグル人ばかりだが売り子はみんな漢族で、ちょっと違和感があった。
カウンターで注文していた男性は英語を話していたから、地元の人ではないらしい。
アラブ人かインド人の風貌だった。外国人も商売でやってくるのだろう。

Img_1404

交差点の銀行の周りには男性がたくさん集まっていた。
この人たちは何をしているのかしら?翌日もショッピングと食事をしにこの街に
来たのだが、やはり男性たちがこの交差点に集まっていた。

カルフールにも入ってみた。

中国のスーパーは売り場に入る前にバッグなどを預けなければならない。
カウンターに人がいて預かってくれるところもあるが、カルフールはロッカーに
入れる方式だった。

いくつか並んだロッカーの中央にあるボタンを押すと、番号とバーコードが印刷
されたレシートが出てくる。その番号のロッカーのキーが解除されているので、
その中にバッグを入れてドアを閉める。

取り出すときは、バーコードを読み取り機にかざすだけ。該当のロッカーが開いて
バッグが取り出せる。

これならコインもいらないし鍵もいらない。暗証番号を忘れる心配もない。
レシートをなくさないよう気をつけるだけ。

ロッカーがふさがっていると困るけど、たくさん並んでいるし、買い物をすませた
お客が次々戻ってくるので、少し待てばすぐに空いたロッカーが見つかる。

これはなかなか便利な方法だと感心した。フランス方式なのかしら?

もっとも最初からスムーズに利用できたわけじゃない。
実を言うと、私がどうやっていいか分からずにウロウロしていたら、買い物客の
若い女性がみんなやってくれたのだ。

新疆ウイグル自治区博物館(2)

博物館の開館予定時刻がまた遅くなったが、もうスーパーマーケットに行く気に
もならないので、ゲート前で待つことにした。
そうこうしているうちにだんだん人が集まってきて、オープンする頃には長い
行列が出来ていた。

入館待ちの行列のなかには少数民族の人もかなりいた。これは少し意外だった。
チベットのラサでも同じように立派な博物館に入ったことがあるが、そこでは
まったくチベット人を見かけなかった。もっともチベット人だけでなく入館者
自体がほとんどいないという状態だったけど。
入場無料で日曜日ということで、新疆博物館は入館者が多かったのかも知れない。

1階ではシルクロード各地で発掘された品々が陳列されている。
私がもっとも行きたい庫車(クチャ)のコーナーには、少しばかりの発掘品と
鳩摩羅什の銅像の写真があった。

玄奘三蔵も鳩摩羅什も、私が描くイメージは高僧というより若き探険家だ。
その足跡をたどるのは無理としても、シルクロードに行ったらせめて二人の面影を
しのびたいわ。

2階では現代新疆美術展をやっていて、少数民族をテーマにした絵画がたくさん
かかっていた。現代美術といっても何を描いたのか分からないものではなく、
美しいウイグル女性や人々の生活をテーマにした真っ当な(?)絵ばかりなので、
観光案内をみるような感覚で気楽に鑑賞できた。
入館者に少数民族が多いのは、この展覧会があるからかも知れない。

Img_1375
これは博物館ではなくウルムチ市内の画廊。街歩きは楽しい。

それから「中国共産党の歩み」の部屋もあった。
ラサの博物館もこの手の宣伝啓蒙展示が多かったが、チベットが中国のものだと
出張するような展示物ばかりで、しらけてしまったのを覚えている。
これじゃチベット人は見に来ないよね。

2階には新疆ウイグル自治区博物館の売り物がある。「楼蘭の美女」と名付け
られたミイラだ。
普通の展示室のほか「楼蘭の美女」など何体かのミイラを陳列している部屋が
あるのだが、その部屋のドアは閉められていて、かたわらでは男性スタッフが
椅子にすわって見張っていた。

私がうろうろしていると、すかさず日本語を話す女性がやってきて、「ここに
入るのに1グループ100元かかります」という。
「1グループといっても私は一人なのよ。じゃ私一人で100元を払わなくちゃ
ならないの?」すると女性は見張りの男性に何か聞いて、100元払わなくちゃ
入れないと答えた。
「この間日本人が二人きて、二人で100元払って見て行きましたよ。そのとき
一緒だったら良かったのにね」などと言われても、どうしようもないじゃないか。

私はキッパリお断りした。100元といえば1500円くらいだから、日本の
展覧会料金と比べればそう高い金額ではない。わざわざウルムチくんだりまで
来たんだからと払う日本人は多いのだろう。

でも「楼蘭の美女」を有名にしたのは日本のマスコミではないか。
つまり日本人にだけ特別に有名なのではないかしら。
私が行った時も新疆博物館には中国や欧米のグループが入っていたが、このミイラ
展示室に入る人は一度も見かけなかった。

ミイラ見学をしなかった理由は他にもある。
例え入場料が10元だったとしても、ひとりでミイラが並ぶ部屋に入るのは気が
すすまなかった。自分ひとりのために部屋をあけてもらっても、じっくり見学
する気になれるかどうか。

それに、今回のウルムチ旅行はいわば下見のようなもの。
いずれまた時間をとってシルクロードの旅をするつもりなので、今度来たときに
気が向いたら「楼蘭の美女」と対面することにしよう。

「ミイラならエジプトでもペルーでもたくさん見たからいいわ」と言って立ち
去ろうとしたら、日本語ペラペラの女性は「こっちに来て」とミイラの向かいの
部屋に私を連れて行った。

そこは見るからに高価そうな絨毯がぎっしり並べられた豪華な部屋だった。
女性はそこで「楼蘭の美女」目当てにやってきた日本人に絨毯を売り込む係だった
のだ。

たしかにチラッと見ただけでも重量感も芸術性もたっぷりの絨毯ばかりで、ただ
眺めるだけでも十分に満足できそうだったが、ミイラと同じく一人で見学するのは
気後れした。強引な中国女性にずっと付いていられるだけで、小心者の私はドッと
疲れるに決まっている。「見るだけでいいから」と言われたが断って、絵葉書を
買っただけで博物館を後にした。

それにしても、抜かりないわ、中国は。
展示室には中国語、ウイグル語、英語の説明書はあるが日本語はない。
それなのに高級な工芸品売場には、デカデカと日本語の宣伝文句が掲げられて
いるのだから。

Img_1376
中国料理のレストラン。目立つことだけは確か。

2008/05/06

新疆ウイグル自治区博物館(1)

新疆ウイグル自治区博物館は長く改装工事をしていたようだが、最近新装なって
全館オープンした。いかにも中国好みの堂々とした建物だ。

10時開館ときいていたが入口の自動式ゲートはまだ閉まっていて、制服姿の
係官が二人立っていた。

Img_1372

入口前には数人が並んでいるが、まだゲートは開きそうにもない。
「何時にオープンするの?」と腕時計を指しながら係官に聞いたら、ガッシリと
浅黒い顔つきの係官は「11時から」という。

この係官は何族の人かしら?漢族でもウイグル族でもなさそう。
シルクロードから発掘された遺跡の中に、こんな顔のテラコッタがあったな~と
思いながら、どこか時間をつぶせるところがないかと周囲を見回したら、通りを
はさんだ向かい側に「超市」(スーパーマーケット)の文字があるではないか!

「営業していますように」と祈る気持ちで行ってみたら、広々とした店内はもう
日曜朝の買い物をする人たちで賑わっていた。「ラッキー!」

店内は食料品はもとより日用雑貨から衣料品、電化製品まで何でもあって、ここ
だけで生活用品のほとんどをまかなうことが出来るだろう。

面白いのはやっぱり食料品売り場だ。とくにデリカテッセンのコーナーが楽しい。
ナンの実演販売をやっていて、ウイグル族だけでなく漢族の人たちも列を作って
出来上がるのを待っていた。

私はナンではなくミニ肉まんを3個買った。3個で1.8元=27円
ホカホカ肉まんは、3個をペロッと食べてしまうほど美味しかった。

もうひとつ長い列ができているところがあった。
私はそこがレジだと勘違いして並んだのだが、前にいた男性がどこかから袋を
持ってきて私にもくれたので、何かを買う人の列だと分かったのだ。

こちらの人は見知らぬ他人の私にも気を使ってくれる。

昨日は買い物ついでにスーパー脇のセルフサービス食堂で「ピリ辛うどん」を
食べたのだが、同じテーブルにいた若い女性が黙って私の分もお茶を持ってきて
くれた。無料のお茶サービスがあったのを私は知らなかったのだ。

Img_1350
うどんは6元(90円)

東京では他人が何しようと気にしないが、ウルムチではもっと人と人との距離が
近いのかも知れない。

一人旅をすると、好むと好まざるとにかかわらず現地の人と触れあい、親切に
されたりお世話になったりする。その結果、今まで中国人、チベット人、ウイ
グル人として描いていたイメージが、かなり修正されてしまう。

日本人にもいろいろな人がいるように、中国人にもウイグル人にもいろいろな
人がいるという、もっとも基本的なことに気づくのだ。

日本にルールがあるように、どの地域にもそれぞれのルールや秩序があるので、
それを知ることも一人旅を楽しむコツじゃないかしら。
自分の常識が世界の常識と信じ込んでいたら、どこに行っても不満だらけになって
せっかくの旅を楽しむことが出来ないだろう。

まあ横道にそれたけど、11時少しすぎに博物館の前に行ったら、まだゲートは
開いていない。さっきの係官に聞いたら「開くのは11時45分」というでは
ないか。

「何だって。さっき11時って腕時計を指しながら言ったのはあんたじゃないの!」
現地の常識を尊重するという建前はどこへやら、もうスッカリ自分の常識で腹を立てる
私だった。

2008/05/05

ビル林立のウルムチ

翌朝は良いお天気だった。

カーテンをあけると、ビルが建ち並ぶウルムチ市街とそのかなたの白く輝く山脈が
窓いっぱいに広がっていた。
あの山脈は何かしら?方角からして天山山脈じゃないと思うけど。

Img_1358

高層ビルのあいだには緑色のドーム型の屋根が見える。あれはモスクだろうか?
味気ないビルの林立のなかで、その存在は押しつぶされそうだ。

ビジネス目当ての漢族が押し寄せ、ビルだらけの大都会となったのだろうが、
その土地の文化も風土もおかまいなしの進出ぶりには、よそ者も私でも文句を
言いたくなる。

お天気は良いが、風邪気味なのかワインを飲みすぎたのか少し頭が重い。
この時点で私はトルファン行きを諦めた。
正味二日間のウルムチ滞在だから、遠出をせず、ウルムチのあちこちを歩き回って
みよう。そう将来のシルクロード観光のために下見に来たと思えばいいわ。

頭は重かったけどとにかく出かけることにした。まずは窓から見える丸屋根の
建物を見に行ってみよう。

Img_1362

昨日の雪が凍っていて道は歩きにくかった。滑らないようにこわごわ行く。

Img_1363

ウイグル人の食堂があった。

Img_1367

ホテルの窓から見えた緑色のドーム型屋根はこの建物。モスクかしら?

ドーム屋根を確かめたあと、新疆博物館に行くことにした。
新疆博物館は「楼蘭の美女」と命名されたミイラが展示されている博物館で、
最近新装なったばかり。インターネットで調べたら、4月から入場無料になった
らしい。でも月曜日が休みなので、行くとしたら日曜日の今日しかないのだ。

サイトで見たら開館は10時からで、もうその時刻を過ぎている。
バス路線はまだ調べていないので、ここはタクシーで行くことにした。

乗り込んだタクシーの運転手は、若いウイグル人の男性だった。(←外見による
私の判断)サングラスの奥の瞳も髪の毛も茶色で、無線の会話も中国語ではない。
にこやかな人で「東京から来たの?東京に友達がいる」というようなことを話して
いた。(片言の中国語会話なので、確信はもてない)

博物館までメーターの料金が9.5元だったので10元を渡したら、小銭がないからと
1元のおつりにくれた。
ちょっとビックリして「おつりはいらない」とその1元を戻したけど。

何故ビックリしたかと言うと、日本以外の国ではタクシー料金の端数はチップ
として渡すのが普通だからだ。余計におつりをくれるタクシー運転手なんて、
今まで会ったことないわ。

2008/05/04

あこがれの楼蘭ワイン

ウルムチに到着した日は雪も降っていたし地理も分からないので、ホテルの周辺で
過ごすことにして、アメ横をもっと粗雑にしたようなファッションビルでカーディ
ガンとソックスを買った。

Img_1389
79元(1200円くらい)↑

私が中国人でないと分かると、お店の人は電卓を持ち出してきた。
お互いが希望価格のキーを押して、だんだん値段をすり寄せていく。

すぐ電卓を持ち出すところを見ると、このごちゃごちゃファッションビルには
言葉が通じない外国からの客も多いのだろう。

ホテル近くでスーパーマーケットを見つけた。
私はスーパーや市場が大好きだ。実を言うと、どんな文化遺産よりも市場の
ほうが好きかもしれない。ここでパンとヨーグルトとハムを買った。

まあ東京のようにはいかないが、いちおう何でも揃っている。
ウルムチは大都会なのだ。

Img_1390
こんなヨーグルトにも「清真」(イスラム)の文字が入っている。ヨーグルトも
お祈りしたものでないと、ムスリムの人は食べられないのかしら?

同じフロアにお酒の売り場もあった。
そして、ここで私は見つけてしまったのだ、あこがれの楼蘭ワインを!

Img_1354

飛行機内に液体は持ち込めないから、このワインを日本に持って帰ることは出来
ない。でも夜寝る前にホテルで楼蘭ワインを飲めるだけでも幸せだわと、迷う
ことなく買った。52元(800円ほど)

「葡萄の美酒、夜光の杯」という旅情たっぷりな漢詩の一節思い浮かべながら
(この詩の情景が好き)ワインボトルをしっかり抱いていそいそとホテルに戻った
私だった。

でも美酒はそうやすやすとは私の口に入ってくれなかった。

売り子の女性に「コルクを抜いてちょうだい」と頼んだら栓抜きをつけてくれた
のだが、コルクはきっちり瓶の中におさまっていて、いくら力を入れてもビクとも
しない。けっきょく、ホテルの部屋係の娘さんに頼んで、数人がかりで何とか
引き抜くことが出来たのだった。

楼蘭ワインは赤にしては軽く、おつまみのハムを食べながらぐいぐい飲めた。
あとで知ったのだが、楼蘭ワインは葡萄の産地として名高いトルファンの一大
産業で、種類もたくさんある。私が買ったワインは、ちょっとお値段が高いほう
だった。

でもお酒禁止のイスラムの人がワインを造るというのは、ちょっと不思議だ。
飲まなきゃいいの?
そういえばモロッコでもワインを造っていたなあ。

ワインは年によって出来不出来の差が大きいお酒だが、ワインを飲まないイスラム
の人はどうやって味の判断をするのだろう?

2008/05/03

中国旅行に欠かせない地図とバス

ホテルはネットで探した。
最近はほとんどネットで探してオンライン予約する。

ネットの利点はいろんなエージェントで料金を調べられることだ。
エージェントにはそれぞれ得意な地域、不得意な地域があるので、いくつかの
エージェントに当たってみる。

そして選んだのがウルムチ市内にある「東方王朝酒店」、シングル、バイキング
形式の朝食つきで1泊298元(4,500円くらい)、いちおう四星。

シングル料金だが、案内された部屋は広いダブルで、しかも陽光がさんさんと
降りそそぐ見晴らし抜群の部屋だった。
外は雪だが、お日様が出ると日差しが暑く感じられるほど。

Img_1357

荷物を片付けて、さっそく買い物に出かけた。冬物衣料を買わなくちゃ。
でもその前に地図を買わなくちゃ。

見知らぬ街についてまず最初にするのは地図を買うことだ。この地図なしに中国の
街歩きはできない。なぜなら中国の地図にはバス路線が載っているからだ。

私のようなビンボー旅行者にとっては、観光の足として欠かせない公共交通機関
だが、中国は市内も遠距離もバス路線網が充実していて、本当に助かる。
ずっと車社会じゃなかった中国で、人民の足としてバスがフル活用されてきたん
でしょうね。

Img_1435

中国のバスにはバスストップ名がぜんぶ表記されているから、漢字が読める日本人
にはとても便利。
バスの数も多く、つぎつぎにやって来るが、ひとつのバスストップにいくつものバスが
停まるので、乗り降りする場所がずっと後ろになったりする。
そうすると、乗りそびれないよう、みんな慌ててバスのほうに走るのだ。
これじゃ並んでバス待ちなんて出来ないわ。

ところで、さっそく買った地図をみて、ウルムチ市街の道路が曲がりくねって
いることに気づいた。そうか、ここは漢民族がつくった街じゃないのね。

Img_1514

漢民族がつくった街は、京都のお手本となった西安(むかし長安)のように、
碁盤の目状になっているところが多い。(西安の地図 ↓ )

Seian021s

ところで私はどうも北と南の感覚が逆になっているようだ。
いつも一日目は道に迷って疲れ果てるのだが、(迷うおかげで翌日からは
すいすい歩けるけど)こう毎度毎度だと、何か迷う理由があるような気がして
くる。

それで思い当たったのが、地図の上と下(つまり北と南)が私の方向感覚では
逆ということだった。ま、地図を見るのが面倒臭くて、勝手に判断して歩き回って
しまうのが、いちばんいけないんだけど。

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