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2007年9月

2007/09/30

メキシコ独立記念日(2)

翌日の日曜日は独立記念日本番だが、私にとってはメキシコ・シティ観光スタート
の日だ。どちらもワクワクすることは同じ。

旅先ではたいてい空腹で目が覚めるので、そんなときに備えてお菓子やパンは
いつも用意しておく。旅行準備は手抜きをしても、そちらのほうは手抜かりの
ない私‥‥このあたりが旅行太りしてしまう原因なんだろうなぁ。

8時ごろホテルを出て昨夜大賑わいだった通りを歩いた。
あの雑踏がウソのように、街はきれいに清掃されていて静かだった。
この辺りは世界遺産のメキシコ・シティ歴史地区なので、ヨーロッパ風の荘重な
建築物が多く、歩いているだけで楽しい。

お昼ごろには軍事パレードが始まるということで、見物客やら物売りやらが
三々五々つめかけていた。私も最初は前のほうで待っていたが、パレードは
なかなか始まりそうもないので、根負けして近くのレストランで朝食を食べた。

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このとき食べたタコスが一番美味しかったな。
レストランはお客さんがいっぱいで、皆さんとても朝食とは思えないボリューム
たっぷりの食事をしていた。

記念日の写真をフォトアルバムに載せましたので、そちらもご覧下さいませ。

2007/09/29

メキシコ独立記念日(1)

9月16日(日)はメキシコの独立記念日で、私がメキシコに着いたのはその
前日、土曜日の夕方だった。

首都メキシコ・シティはお祝いムード全開で、とくにメーン会場ソカロ(広場)に
つづく通りは歩行者天国になっていて、露店とそぞろ歩く人たちでいっぱい
だった。じつは、この通りに私が泊まるホテルがあるのだ。

Img_00912s

空港でタクシーチケットを買うとき「ホテルの前までは行けない。近くで下ろす
から歩くように」と言われたが、その理由はこれだったのだ。
右も左も分からない混雑した街を、スーツケースを引きずりながら歩くはめに
なってしまった私。でも年に一度の記念日を体験できるんだから、良かったと
考えたほうがいいかな。

ホテルにチェックインしてひと休みしてから、通りに飛び出した。
すっかり日が落ちていたけれど、通りはますます賑やかで、歩くのもままなら
ないほど。

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子供たちが、スプレー缶に入った石鹸泡を、水かけ祭りのように行きかう人に
かけまくっている。私もかけられて泡が耳に入ってしまった。材料が石鹸だから
害はないだろうけど。

通りの途中で警察のチェックがあり、それを通ってソカロに行くと、広場をとり
囲む建物のあちこちに映像が映し出され、広場を埋めた人々が大音響のダンス
ミュージックにあわせて踊っていた。

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ガイドブックによると、今夜から明日にかけてソカロには50万人もの人が集まり
盛り上がるらしい。

でも長旅で疲れている私は、一晩中付きあってはいられないので、レストランで
夕食を食べてからホテルに戻った。

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2007/09/26

アエロメヒコ(2)

機内食は、味は悪くなかったけどあまり特色がなかった。

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ワインのサービスが一度だけだったのは残念。街のレストランのメニューにも
ワインはなかったので、いつもビールを飲んでいた。

いちどだけ、フリーダとディエゴが結婚式をあげたというレストランで食事を
したとき、ワインを飲んだ。美味しいワインだった。
食事にはビールよりワインのほうが合うと思うんだけどねぇ。

そうそう機内サービスにワインはないけど日本酒があった。
ワインより日本酒のほうが高いと思うんだけど、メキシコの皆さんワインを
余り飲まないのかしら?

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機体はまだ新しいという印象だった。
車でさえ区別がつかない私だから、飛行機の種類なんてまったく分からないが、
エコノミークラスでも各席にパーソナルテレビが取り付けられていた。

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また一人ずつにグッズも配られた。ソックスと歯磨きセットとアイマスク。
機内はけっこう寒いのでソックスは重宝した。毛布を頭から被って寝ていたので、
アイマスクは使わなかったけど、これも便利じゃないかな。

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2007/09/24

アエロメヒコ(1)

今回メキシコに行く気になったのは、テレビで世界遺産メキシコシティを見た
こともあるが、昨年11月から運航を開始したアエロメヒコの存在が大きい。

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(日本路線が開通した期待と喜びが伝わってくるような、アエロメヒコのカウンター
と搭乗口)

それまでメキシコなど中南米に行くときは、アメリカを経由するのが一般的
だった。でもこれが難物で、単に通過するだけの人でもいちいちアメリカへの
出入国手続きをしなければならない。長蛇の列に並んで入国したかと思ったら、
すぐまた長蛇の列に並んでセキュリティチェックを受け出国するのだ。

アエロメヒコの成田~ティファナ(メキシコのアメリカ国境の町)~メキシコ
シティへのフライトは、そんな面倒を避けられるだけでなく、アメリカ入国を
拒否されるリスクも回避できて、日本人観光客だけでなくさまざまな人々に
メリットをもたらした。

それに気づいたのはアエロメヒコの乗客構成を見たときだった。
まず圧倒的にラテンアメリカン系の人々が多い。アジア人は少数派。そのアジア
人も、日本人より韓国人、中国人(台湾&大陸)、ベトナム人などが目に付く。
成田発でこんなに日本人が少ないフライトなんて初めてだわ。

アエロメヒコは週2便で、行きは日本を午後発ちティファナにお昼頃(現地時間)
到着する。(所要約11時間)

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(機体にディエゴ・リベラのサインがあった)

まずティファナで降りる乗客から先に出て、メキシコ・シティまで行く人はその後
「トランジットカード」を受け取ってからイミグレに向かう。

イミグレーションを表すプレートが、スペイン語、英語のほかに日本語、中国語、
韓国語でも書かれていた。アエロメヒコ成田便が運航するまで、ティファナ空港に
来るアジア系は余りいなかったはずだから、この表示は最近書かれたものだろう。
ティファナで半分くらいは降りたから、ここを基点にして南米各地へ向かう人が
多いのだと思う。

行きはともかく帰りは真夜中11時45分発と、メキシコシティの空港の最終便
になる。最初はどうしてこんなに遅いのか分からなかったが、出発間近になって
ラテン系だけでなくベトナム人女性グループなど他のアジア系の人たちが集まって
くるのをみて理由が分かった。

つまり南米各地からの乗客が集まるのを待っていたのだろう。
この人たちの多くは成田で出国せず、国際線乗り継ぎフロアに向かっていったし、
成田で降りた乗客の中にもブラジルやペルーから来た人がかなりいた。
ブラジルやペルーから来た人は健康質問票に記入しなければならないから分かる
のだ。

ティファナ(ちなみに帰りは真夜中3時着)では、トランジットカードを受け
取ってイミグレに向かう。また同じ席に戻るのだが、ティファナで降りたり乗っ
たりする人がいるので、手荷物は皆持って行かなければならない。
これが面倒臭くて帰りは機内持込にしなかった。

メキシコ発のアエロメヒコは朝6時45分着で成田に到着する最初のフライトに
なるが、この日は追い風で早く着きすぎるおそれがあるということで、ティファナ
空港で待ち合わせをした。
成田空港は朝6時半過ぎでないと着陸できないらしい。

ティファナ空港は24時間対応らしく、夜中3時でもフライトが何便かあった。
グワダラハラ行きのアナウンスを聞きながら、この次はここで乗り換えてもいい
なと思った。

フライトがあるから深夜でもスナックバーが開いている。
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とくに搭乗口近くにあったワインバー兼ショップは、「試飲50ペソ又は5US
ドル」と日本語で表示されていて、ちょっと入りたくなった。

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他のスナックカフェでも料金は皆ペソで表示されていたので、もしペソが残った
としてもここでコーヒーを飲んだりして使うことができる。USドルもOKだが、
端数はドル払いできないので、小銭をちょっと残しておけばよかった。

ところでメキシコではペソの表示に$が使われている。
(ワイン試飲の看板をご覧ください)

私は最初これをアメリカドルと勘違いしてビックリした。すべてペソならこれでも
いいのだが、空港ではUS$表示もあるから混乱してしまう。たいていは$の
前にUSが付いていたり、DLLSと書いてあるが、紛らわしいことに変わりは
ない。(US$1=$10)

2007/09/22

メキシコより帰国

今朝メキシコより帰国しました。

毎日、毎日、ハードワークならぬハードウォークで、メキシコシティを歩き廻り
ました。交通手段はもっぱら地下鉄ですが、目的地が地下鉄駅の前にある
わけじゃないので、そこからまたまた地図を片手に歩きます。でも方向音痴
気味の私はたいていは逆方向に進んでしまい、だいぶ歩いてからまた引き
返すの繰り返しで、それだけで相当な距離になってしまいました。

それにメキシコシティの地下鉄は、日本のようにどこでもエスカレーターという
わけじゃないので、階段の上り下りだけでクタクタになります。

そんな調子で足が引きつるくらいに歩き廻ったわけですが、それ以上に食べた
ので、先ほど体重を量ったらかなり増えていました。とほほ‥‥です。
大きくなってしまった胃を何とかしないと。

ティオティワカンに行った以外は、5泊の滞在期間もっぱらメキシコシティで
過ごしましたが、充実した旅でした。

最大の収穫は「ディエゴ・リベラ」です。
「フリーダ・カーロを訪ねていってディエゴ・リベラを発見した」といったところ
でしょうか。とにかく形容する言葉が思いつかないほど、リベラは凄かったです。

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国立宮殿のリベラの壁画「メキシコの歴史」の前で。課外学習の子供たちは
人なつこい。

またリベラたちの壁画を通して、メキシコが明るいだけの国ではなく、重い歴史を
背負った国であることも、少し理解できたと思います。
このあたりはおいおい書いていきますので、お読みいただければ嬉しいです。

メキシコシティにもたくさんのインターネットカフェがあるのですが、日本語
環境のところは見つかりませんでした。インターネットカフェは、もっぱら地元
メキシコの人が利用しているようです。そんなわけで、今回は旅先からの
書込みが出来なくて残念でした。

2007/09/13

レンタル海外ケータイ

ドコモが海外ケータイのレンタル料無料キャンペーンをやっているので、タダと
いう言葉に弱い私はさっそく申し込んだ。

でも今はレンタル携帯電話を受け取って後悔している。

私は単純にケータイひとつ持っていけばいいと思っていたのだが、貸し出された
のはもろもろの付属品がついたケータイ道具一式だった。

それがかなりかさ張るのだ。

Img_0061s

予備の電池に充電セット、電話の使い方マニュアルなどがポーチに入っていて、
だいぶ重い。それでなくても、荷物を少なくしよう、あれこれ苦心している私が、
よりによってこんな余計なお荷物を抱え込んでしまうなんて‥‥。

だいたい電話をかけるかどうかも分からないんだから、こんなにいろいろある
んならいらない‥‥と、今ごろ言ってももう遅い。

このレンタル携帯電話は、借りるときは近くのドコモショップでもいいのだが、
返却は必ず空港でやらなければならないのだ。
つまり借りたがさいご必ず旅に持っていかなくちゃならない。

あ~あ。(←ため息)

出発前に空港で返却してしまおうかと、本気で悩んでいる私なのだった。

2007/09/08

銀座も工事中

台風が去ったあとに猛暑がやってきた。

うんざりするほど暑いけど、家でだらだらしていると体に良くないので、また
ウォーキングに出かけた。来週の土曜日にはメキシコへ出発するので、今日、
明日はせいぜい歩き廻って体調維持しておかないとね。

ウォーキングコースは代わり映えしない地下通路だが、今日はもうちょっと足を
延ばして「銀座」まで行ってきた。いつも地下ばかり歩いていて知らなかった
のだが、銀座が変化しているらしい。

2s

プランタン銀座のとなりに出来たビルは「マロニエゲート」という名称。
プランタン銀座と渡り廊下でつながっているので、どうやら関連があるらしい。
このビルの5~9階が「東急ハンズ」になっている。でも渋谷、新宿、池袋の
店舗に比べるとだいぶ狭い。いろいろ見たいときには、やっぱり新宿店に行く
ことになるなぁ。

1s
銀座マロニエ通り。

このあたりにはいくつもの世界的ブランドが店舗を構えている。

3s
シャネル。

マロニエ通りをはさんで向かい側には「カルティエ」のビルがあるが、工事中
だった。銀座もあちらこちらで工事が行われている。

工事中といえば、東京駅八重洲口も大々的な工事が進行中で、飲み屋が
多く庶民的雰囲気だった街が変わってしまうらしい。

S

東京は年がら年中大工事が行われていて、次々と新名所が誕生するのだが、こう
しょっちゅうだと新鮮味がなくなってお客さんもこないんじゃないかしら。
でも生き残りをかけて、これからもあちこちで壊したり建てたりを繰り返すんで
しょうね。

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