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2006年10月

2006/10/22

「終のすみか」

今週の「読売ウイークリー」に社会人目当ての大学・大学院案内が沢山載って
いた。この手の記事を読むと、同じ「社会人」といってもその対象年齢がだんだん
上がっているような気がする。団塊の世代に歩調を合わせているのかな。

若者だけを対象にしていたのではやっていけない大学にとって、大量定年退職を
控えた団塊の世代は格好のターゲットだろう。
現に「シニア特別選考」やら「シニア優遇入学」やら、各大学はあの手この手で
中高年を取り込もうとしている。

大学のターゲットは団塊の世代にとどまらない。
関西大学では老人ホームと提携する構想が進行中とか。

「2008年に神戸市灘区に完成する高齢者向け共同住宅(有料老人ホーム)と提携し、
入居者は同大の文学部や文学研究科が開講する科目を自由に選べる」

介護保険が予防に力を入れるようになったが、脳の健康維持という意味からも
老後の生活を多様にするという意味からも、老人ホームと大学の組み合わせは
なかなかの着眼ではないか。

最近、「やっぱり『終のすみか』は有料老人ホーム」という本を読んだ。
有料老人ホームの経営者が書いたものだけに「なるほど、なるほど」と肯く箇所が
多い。「まだ体力気力があるうちに、有料老人ホームの知識や情報を得ておく
べきだ」と筆者は言う。

介護保険制度が変わり、社会的入院している高齢者を退院させる方針になって、
行き場のない高齢者ー「介護難民」が問題になっている。
どこも引き受けてくれる施設がないと結局家族が面倒をみることになるが、家族に
とってはそれが大きな負担になり、高齢者への虐待を引き起こすことにもなる。
老老介護も深刻だ。共倒れになってしまう恐れがある。

だから「元気なうちに有料老人ホームに入って、そこで暮らすという選択をした
方がベターではないか。有料老人ホームといってもピンからキリまであるので、
自分自身でよく調べ納得して入るべきだが、そのためには元気なうちに行動を
起こす必要がある」というのだ。

老人ホームというとネガティブなイメージだったけど、生活の場としてもっと前向き
に捉えるべきなのかも知れないな。大学とタイアップなんて、今までの老人ホームの
イメージを変える意欲的な試みだと思う。

これからはいろいろな付加価値をつけた有料老人ホームが出てくるんじゃない
かしら。

2006/10/09

野町和嘉の「アンデス」

久しぶりに新宿に行った。

駅は相変わらずの大混雑だが、ちょっと歩いて高層ビル街まで行くと、人通りも
少なくひっそりとしている。休日のオフィス街は散歩にぴったりだ。

新宿三井ビルの中にある二つのフォトギャラリーは私の「お気に入り」
でも新宿に通わなくなったので、ここ数年は足を運ぶ機会が減ってしまった。

「epSITE」では野町和嘉写真展「アンデス」をやっていた。

「野町和嘉」という名を聞くとすぐ思い浮かべるのが、大群衆に取り囲まれたメッカ
の写真だ。
その印象が強いので「アンデス」とは意外だったが、テーマはやはり宗教だった。

ペルー・シナハラ山の標高5000mにある十字架を目指す「コイユリーテの巡礼」、
私なんか写真を見ているだけで高山病になりそうだけど、インディヘナの人々は
子供まで登っている。

信仰の力が厳しい環境を克服してしまうのかしら。
巡礼とか修行は厳しいから価値があるのかもしれない。

まあどちらにしても私には縁の無い世界だけれど、インディヘナの人々の満た
された表情を見て、こちらの気持ちも安らいだ。

それからボリビア・サンタクルスのメノナイト教徒の写真もあった。
メノナイト教徒というのは初めて聞いたが、どうやらアメリカのアーミッシュの
ような人々らしい。人々はヨーロッパから移住してきて、集落をつくって孤立した
生活を営んでいるので、他民族と混血せず純粋なヨーロッパ系白人の風貌をして
いる。

メノナイトの人々は子沢山だ。でもこういう環境で生まれ育つ子供たちは、外部の
世界をどう思うのかしら。

ボリビアといえば、友人(子育てを卒業した主婦)が一ヶ月ほどボリビアに行って
いて先日帰ってきた。もっと滞在したかったらしいが、何でも置き引きにあって
貴重品を無くしてしまったんだとか。

私もプラハでお金もカードも盗まれたことがあるので、その悔しさはよく分かる。
「あ~もっと気をつけておくべきだった」と後悔しても後の祭りなのよね。

でもボリビアの山岳地帯は山賊が出るという話だから、命があっただけでも不幸中
の幸いじゃないかしら。

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