無料ブログはココログ
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

« 爆笑ローマのホテル | トップページ | 最後の晩餐 »

2005/10/26

ローマの思い出(3)同僚イタリア人OL

大事な用件は会計士Tさんの分野だが、普段の事務はもっぱらイタリア人事務員A
さんとコンビを組んでいた。

最初のうちは普通のオフィスで二人机を並べて仕事をしていた。

その頃ローマの建物はどこも入り口に鍵がかかっていて、つまり何十年も前から
オートロックになっていて、外からブザーで知らせてロックを解除して入るという
仕組みになっていた。今のローマは、昼間は入口がオープンになっているビルが
多いから、昔より治安が良くなったということなのだろう。

オートロックだから、表向きのオフィスといっても、いきなり税務署が踏み込む
とか怪しい者が押し入るという危険性は少ないのだが、やはり帳簿も金庫もそこに
あるというのは問題だった。

そんなわけで、しばらくして、近くにこぢんまりしたアパートを借り、そこを
秘密のオフィス兼私の住まいにしたのだった。
秘密とは言っても周囲の誰もが知っていたけれど。

イタリア人事務員Aさんは二十代前半の女性で、年齢よりずっとシッカリ者だった。
イタリア人の若い女性にしては地味で、早く結婚して普通のマンマになりたいと
つねづね言っていた。

彼女には本当にお世話になった。
外部からの電話は彼女に対応してもらうしかないし、日本とはかなり異なる手形や
公共料金等のい支払システムも、彼女にレクチャーしてもらって何とかこなして
いた。お金は原則として私が扱うことになっていたので、銀行へ預け入れたり
引き出したりする時は二人で行った。

取引銀行はスペイン階段のすぐ近くにあった。
その当時のイタリアの銀行は番号札があるわけでもなく、ほとんどの人は顔パスで
なじみの行員を呼んで用事を済ませていた。
だから時々顔パスのきかない日本人観光客が両替にやってくると、なかなか順番が
回ってこなくて気の毒だった。

通訳がいない時にどうやって用件を伝えるかというと、これは以心伝心という
しかない。Aは日本人に慣れているので、私が並べるイタリア語の単語から何とか
意味をくみ取って、それを銀行員に伝えるのだ。
よく相手の行員から「お~っ、Aは日本語が出来るのか~」とからかわれていた。

たまには支配人を呼び出すこともあったが、この支配人がいかにもペラペラした
優男って感じの男で、どう見ても銀行員という印象を受けなかった。
Aの話だと、彼は有力なコネがあって支配人になったということだった。
とにかくコネが無ければ就職も出来ない国だから、銀行の支配人ともなると相当な
コネがあったことは間違いない。

« 爆笑ローマのホテル | トップページ | 最後の晩餐 »

ローマの思い出」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/51795/6639441

この記事へのトラックバック一覧です: ローマの思い出(3)同僚イタリア人OL:

« 爆笑ローマのホテル | トップページ | 最後の晩餐 »