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2005年10月

2005/10/29

最後の晩餐

思いがけず旅行日程が長くなったので、ローマだけでなくトスカーナ地方にも
行ってみようと、ネットでいろいろ情報を調べてみた。

トスカーナ地方といえば世界的に有名なワインの産地だから、ワイナリー巡りを
してみたいなぁ。
あ~、いけない、いけない、貧乏人は身の程わきまえなくちゃ。

でも、「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」というワインでその名が世界に
響いているという「モンタルチーノ」村には、フィレンツェの美術館をカット
してでも足を延ばしてみたいものだ。

ところで、イタリアの世界遺産やミュージアムはどこも観光客でいっぱいで、
入るのも一苦労らしい。

サイトの情報によると、コロッセオやバチカン博物館には長蛇の列が出来ていて、
1~2時間待ちはザラとか。
私が住んでいた頃はスンナリ入ることが出来たけどねぇ。

ミラノのサンタ・マリア・ディレ・グラツィエ教会にあるダ・ヴィンチの「最後の
晩餐」を見学するには予約が必要らしい。その予約も簡単にはとれないようだ。

私が「最後の晩餐」を見たのはもう20年以上も前のことだが、夕方だったせいか
教会の入り口には見張りの人もおらず、壁画がある部屋も人影はまばらだった。

「最後の晩餐」の壁には修復の足場がセットしてあったが、すぐ前に行って見る
ことが出来た。こんな超重要文化財を、こんな無防備な状態にしておいていいの
かと、心配になるほどだった。

saigonobannsan-s

また何時でも来られると思って、ろくに写真も撮らなかったが、けっきょく見学は
その一度だけ。もっとキチンとした写真を撮っておけば良かったわ。

その後修復が終わったというニュースが流れたので、ぜひもう一度見たいと思って
いるのだが、予約制となると面倒でなかなか実現しそうもない。

2005/10/26

ローマの思い出(3)同僚イタリア人OL

大事な用件は会計士Tさんの分野だが、普段の事務はもっぱらイタリア人事務員A
さんとコンビを組んでいた。

最初のうちは普通のオフィスで二人机を並べて仕事をしていた。

その頃ローマの建物はどこも入り口に鍵がかかっていて、つまり何十年も前から
オートロックになっていて、外からブザーで知らせてロックを解除して入るという
仕組みになっていた。今のローマは、昼間は入口がオープンになっているビルが
多いから、昔より治安が良くなったということなのだろう。

オートロックだから、表向きのオフィスといっても、いきなり税務署が踏み込む
とか怪しい者が押し入るという危険性は少ないのだが、やはり帳簿も金庫もそこに
あるというのは問題だった。

そんなわけで、しばらくして、近くにこぢんまりしたアパートを借り、そこを
秘密のオフィス兼私の住まいにしたのだった。
秘密とは言っても周囲の誰もが知っていたけれど。

イタリア人事務員Aさんは二十代前半の女性で、年齢よりずっとシッカリ者だった。
イタリア人の若い女性にしては地味で、早く結婚して普通のマンマになりたいと
つねづね言っていた。

彼女には本当にお世話になった。
外部からの電話は彼女に対応してもらうしかないし、日本とはかなり異なる手形や
公共料金等のい支払システムも、彼女にレクチャーしてもらって何とかこなして
いた。お金は原則として私が扱うことになっていたので、銀行へ預け入れたり
引き出したりする時は二人で行った。

取引銀行はスペイン階段のすぐ近くにあった。
その当時のイタリアの銀行は番号札があるわけでもなく、ほとんどの人は顔パスで
なじみの行員を呼んで用事を済ませていた。
だから時々顔パスのきかない日本人観光客が両替にやってくると、なかなか順番が
回ってこなくて気の毒だった。

通訳がいない時にどうやって用件を伝えるかというと、これは以心伝心という
しかない。Aは日本人に慣れているので、私が並べるイタリア語の単語から何とか
意味をくみ取って、それを銀行員に伝えるのだ。
よく相手の行員から「お~っ、Aは日本語が出来るのか~」とからかわれていた。

たまには支配人を呼び出すこともあったが、この支配人がいかにもペラペラした
優男って感じの男で、どう見ても銀行員という印象を受けなかった。
Aの話だと、彼は有力なコネがあって支配人になったということだった。
とにかくコネが無ければ就職も出来ない国だから、銀行の支配人ともなると相当な
コネがあったことは間違いない。

2005/10/23

爆笑ローマのホテル

来月のローマ、プラハ旅行のチケットを先週金曜日に申し込んだら、希望日は
満席でとれなかった。いくつかあたってみたが適当な日はどれも満席で、空いて
いる日で旅程を組むと、どうしても9泊10日になってしまう。

これだと予定より2日間も長く、金銭的にも時間的にもかなり無理しなくては
ならない。チケット代はヨーロッパ往復53,000円にまで下がったけれど。

「どうしようかな~」
でもグズグズ考えているうちにその日もふさがる恐れがあるので、一瞬ためらった
あとで「え~い、行っちゃえ」と決めてしまった。

いろいろ問題もあるけれど、それは後で考えることにしよう。

航空チケットは安くなるのを待っていたけれど、ホテルばかりは早くおさえないと
良い部屋がとれないので、ローマ、プラハともすでにネットで予約してあった。
でも予定が変わったので、こちらもすべて変更することに‥‥。やれやれ。

まあでも予約も変更もパソコンの前にすわって出来るんだから、便利な世の中に
なったもんだと思う。

ところで、ホテル探しをしていて、爆笑モノの「ローマのホテル」を見つけた。
必見ですよ~このホテルのサイトは。ユニーク日本語に誘われて泊まってみたく
なったけれど、駅から少し離れていることと料金も予算より高めなので諦めた。

このホテルのサイトを見ていて、上海に錦江飯店の日本語案内文を思いだした。
中国は名所旧跡などでオモシロ日本語にお目にかかるし、それが楽しみだったり
する。

そう旅の楽しみ方はいろいろあるのだ。


2005/10/19

ローマの思い出(2)脱税天国イタリア

表に出ない経理だから日本語で処理しても何の問題もないし、日本人経営者に
とってはむしろその方が便利だったが、ビジネスをやっているからにはすべて
裏だけで済ませるわけにはいかない。銀行との取引も必要だし、公共料金の支払も
あるし、何より税務署への申告がある。

だから表と裏の両方のつなぎ役ができるイタリア人がどうしても必要で、その役割
を担っていたのが中年の女性会計士だった。

この人は日本人経営者のアドバイザーで、税務署関係だけにとどまらずイタリアの
様々なしきたりについて指南していた。

イタリア人は働かないというイメージがあるが、この人は違っていた。
独身で元貴族という彼女は、たまにオフィスにやってきて仕事をするのだが、
デスクに向かって書類を作成し始めると、もう他のことなど眼中になくなる。

猛然とペンを走らせては、書き損じた書類をグシャグシャ握りつぶして、あたり
構わず投げ捨てる。狭い部屋はあっという間に紙くずの山。
すぐ隣にゴミ箱を置いておいても、その中に紙くずが入っていたためしがなかった。
まあそれだけ仕事に熱中していたということだろう。

ある日のこと、この会計士Tさんが血相を変えてやってきた。
近いうちに税務署の調査が入るというのである。
こんな時のために、税務署やその他のお役所には、情報源となる人物を確保して
あった。もちろんお金はかかるが、税金が浮くことを思えば安いものだ。

ところで、言い訳するようだが、会社が脱税していたかどうか私は関知していない。
申告はすべて経営者とTさんがやっていたのだから。
でももし私のデータが税務署に知れたら、節税努力がすべて水の泡になるだろう
ことは、容易に想像できた。

もちろん、Tさんの立場も危ない。
「あなたの部屋にある書類を、今すぐ全部燃やしてちょうだい」
Tさんは私に厳命した。その頃私はアパートの一室で金庫とともに暮らしていて、
会計書類は全部その部屋にあったのだ。

「とんでもない」私は大慌てで拒否した。
だってこれら真のデータが無くなったら、今会社にいくらあるのか、資金繰りを
どうするか、従業員に払う給料はいくらか、何も分からなくなって、仕事が出来
なくなってしまう。

私は必死に抵抗し、けっきょく、会社から遠く離れた田畑の堆肥の中に隠す
ということで決着したのだった。

2005/10/17

ローマの思い出(1)昔、ローマで働いたことがある

ローマを中心に事業をやっている日本人経営の会社で、経理担当者として2年間
仕事をしたことがある。

もっともこの会社はもうだいぶ前に消滅してしまったが、だからこそ書けるいくつ
かのエピソードを、思い出すままにアップしてみたい。

日本人経営とはいってもイタリアの会社である。
その会社にイタリア語などまったく分からない私がなぜ勤めることになったのか。
そこにはイタリアという国にかかわる深い事情があった。

イタリアは名にし負うコネ社会、表向きはややこしい手続きが必要なことでも、
コネひとつで話が簡単に片付いてしまう。外から見ると、イタリアはしょっちゅう
首相が変わったりして混乱しているように見えるが、実際に社会を動かしている
のは裏社会だから、どんな難題もコネとカネだけでスンナリ解決するのだ。

でもそうなると、イタリアでやっていく為には裏社会のルールを知らなくては
ならないし、そちらに合わせたシステムにしなくてはならない。会社運営の基盤
ともいうべき会計も、表用と裏用を用意する必要がある。

その裏会計の担当者として私は働くことになったのだ。
当然、真の会計は裏のほうである。表にはイタリア人女性事務員がいて、外部との
折衝をしていた。私は売上げの計算をしたり、外部への支払いをしたり、従業員
への給料計算をしたりと、まあ日本でやるのと同じような仕事をした。

北京マラソンのすごい顛末

つねづね中国人はラテン系、日本人とは気質がまるで違うと感じていたけれど、
日曜日の北京マラソンの顛末にはあらためてビックリした。

先導車がコース通りに走らなかったので、優勝した選手が800メートルも距離を
省略してしまったのだ。

これだけでも日本人には信じられない「いい加減さ」なのに、なんと短縮距離で
ゴールインした選手を優勝にして、しかも同選手が距離の不足分を走っていた
場合の想定タイムをはじき出し、最終的に「2時間9分15秒」を“記録”と
して発表したのだという。

え~っ、こんなことって許されるの~?北京五輪は大丈夫だろうか。

こうなるとイタリアも顔負けだなぁ。

2005/10/15

パキスタン大地震

パキスタン大地震に襲われた人々の映像がテレビニュースで流れていた。

崩れた山肌に張られた粗末なテントの中で、子供や怪我人が冷たい雨にうたれて
震えている。何とか出来ないのかと思うが、世界有数の山岳地帯なので、救援も
簡単にはいかないのだろう。

この地域は世界中のバックパッカーが憧れる秘境でもある。
カシミール地方からは少し離れているが、私も数年前にパキスタンの山岳地帯の
旅行計画を立てたことがあった。

パキスタンの首都イスラマバードからスタートして、風の谷フンザや標高4200mの
国境のクンジュラブ峠を越え、中国領のシルクロードの町カシュガルまで行くと
いう「カラコルム・ハイウエイ地元バスの旅」である。
(マトモなオバサンがやることじゃないわね‥‥^^;)

いろいろ情報集めしたものの、何せ交通の便が悪くて時間通りにことが運ばない
地域なので、なかなか実行に移せないでいた。そうこうするうちにアフガン戦争が
勃発して、けっきょく計画はお蔵入りになってしまった。

総距離1300キロのカラコルム・ハイウエイは、ハイウエイとは言っても道はガタ
ピシだし、落石はあるしで、ドイツのアウトバーンのようなわけいはいかない。
でもそういう厳しい自然環境だからこそ、謎めいた少数民族の暮らしがこれまで
続いてきたのだし、今も人々の心を惹きつける桃源郷でありつづけるのだろう。

そんな山岳地帯で発生した今回の大地震。
新聞によると、多くの村々が孤立し、観光客も多数取り残されているという。

そういえばアルカイダの拠点もこの山岳地帯にあるらしい。
地震のあと、オサマ・ビン・ラディンの生存の痕跡が消えたというニュースを
耳にしたことがあるが、あの情報はその後どうなったのかしら?

2005/10/11

イタリアの本

アトムズさんがブログで「ローマの本」を紹介しているので、私も面白かった本を
一冊。

「破産しない国 イタリア」内田洋子著
「こんなトンデモナイ国が、なぜこんなに元気なのか?」

「日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識」なんて言われるが、
そうすると、常識だの非常識だのという範囲を超越しているイタリアは、いったい
どういうことになるの?

カバーのキャプションに、「まっとうに生きることを笑い、日々画策する人々の姿」と
ある。真面目で律儀、「まっとうそのもの」の日本人から見たら、こんな国があること
自体許せないかも知れないなぁ。

でもこの「いい加減な国」イタリアが、「まっとうな国」日本より、魅力的に見えて
しまうのは何故かしら?

それとも、そう感じる私がやっぱり変わっているのかな~?

2005/10/08

読書の秋なので

図書館で何ヶ月も前に予約した「ダ・ヴィンチ・コード(上)」を、昨日やっと
借りることが出来た。

これが面白くて読み始めたら止まらない。
かなり分厚い本なのだが、夕方から夜までかかって、けっきょくその日のうちに
読み終わった。

もともと推理小説好きなのだが、このダ・ヴィンチ・コードは舞台がルーブルや
バチカン、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチだから、よりいっそう私好みだった。
プロローグでいきなり贔屓のカラヴァッジョが出てきたりして、久しぶりにのめり
込んだ。ここに出てくるカラヴァッジョって、どんな絵だったかしら?

早く下巻を読みたい。

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街全体が博物館といわれるローマで、私がもっとも好きなのがパンテオン。

この他にも現在予約中の本が4冊ある。どれも新聞などに書評が載った人気の
ある本なので、予約待ちの人数が多くて何ヶ月も順番が回ってこない。
お金のある人には本を買って欲しいなぁ(^^;)(←身勝手なわたし)

昨日の夕刊に特集が載っていた奥田英朗の本も図書館から借りて読んだ。
例の超変人精神科医・伊良部もの「イン・ザ・プール」と「空中ブランコ」2冊。
内容は期待していたほど面白くはなかったが、この本が人気あるということは、
やはり伊良部医師のとてつもない変人ぶりに魅力を感じるからだろう。

常識と規格でしばられる日本社会には、あんな規格ハズレの人物は滅多にいない。
常識ハズレってことは、固定観念にとらわれず柔軟ってことでもあるから、多くの
マトモな日本人は憧れるのでしょうね。

今の日本は心に病のある人がいっぱい。
誰もがうつ病になる恐れがあるし、また心の病がある人とそうでない人との区別も
難しい。レントゲンで判断できる病気じゃないから。

治療したりカウンセリングする側も、マニュアルどおりに対処すれば良いってもん
でもないので、本当に大変だと思う。時には人間性や生き方が問われ兼ねない。

そういう意味では、伊良部医師なんか存在するだけで癒してくれそうだから、
名精神科医、名カウンセラーと言えるのかも。

この奥田英朗の最新作が「サウスバウンド」と「ララピポ」。
「サウスバウンド」は「元過激派で変わり者の父親を持った少年の物語」とか。
こちらの方が伊良部医師シリーズより期待できそう。読んでみたい。

2005/10/06

中国で働く日本人中高年

NHK朝のニュース「アジア&ワールド」で、中国で活躍する日本人シニアを
紹介していた。

経済が急成長を続ける中国では、各企業が熾烈な競争を繰り広げていて、その
強力な戦力としてリタイアした日本人中高年が働いているという。

昔からシニアボランティアとして海外で活動する中高年はいたが、中国の場合は
単に技術を教えるというのでなく、まさに企業の最前線で現役として働いている
のだ。きびしそう‥‥でも張り合いはあるでしょうね。

一生現役の人がこれからはドンドン増えていくと思う。
生活のために働かざるを得ないということもあるが、それ以上にイキイキ暮らす
ために働きたいという人が多いんじゃないかしら。
私もずっと働ける体力、気力、そして機会に恵まれたいものだ。

これに気楽に飲める友人がいたら文句無いけれど、そんなに望んでは欲が深いと
言われるでしょうねぇ。
それに私の場合、生きがい求めて働くより、ボケて世界中をうろつき廻る可能性の
ほうが高い(^^;) 地球規模の徘徊なんて恐いなぁ。

ところで中国といえば、最初に行ったン年前(←いつだったか、もう忘れている)
旅行は苦労の連続だった。北京から急に思いついて洛陽に行ったのだが、まず
夜行列車のチケットを買うのが一苦労、寝台車では上段になってしまい上るのに
一苦労(梯子などない)、一度上がったら降りることも出来ず、朝になるまで
ずっとトイレを我慢していた。

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列車の中で。

洛陽ではミニバスという相乗りタクシーに乗って龍門石窟に行ったが、このミニ
バスが南米ペルーのコレクティーボと何から何までソックリなのだ。
車はオンボロで運転は荒っぽい。運転手のほかに呼び込み兼車掌がいて、大声で
客を集めている。

中国は南米だったのか~と、私は本当にビックリした。

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龍門石窟。

ケンカに強い女性が多いのも中国とペルーの共通点かな。
中国で何度か女性(若い女性&優しそうな小柄のオバサン)とゴッツイ男性との
言い争いに遭遇したが、一歩も引かない女性軍の迫力といったら、ただただ感嘆
するばかりだった。

結局男性はぶつぶつ言いながら黙ってしまい、女性が勝ち誇った顔で相手をにらみ
つけて、闘いは収束するのだった。あれだけ感情むき出しに出来れば、ストレス
なんて溜まらないだろう。
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ミニバスの中で。この横顔のお姉さんが凄かった。

中国人と日本人のメンタリティーの違いを痛感する旅だった。

2005/10/01

藤沢周平の世界

NHKの金曜時代劇「秘太刀馬の骨」が終わった。

主演の内野聖陽は、「蝉しぐれ」以来スッカリ好きになってしまったのだが、
今回はますます侍姿が板について、少しはみ出し者の剣の使い手がカッコよかった。

藤沢周平の描く時代劇の世界はしみじみとした情感があって良いなぁと思う。

彼の小説の中に出てくる海坂藩は、山形県の鶴岡市が舞台だと言われている。
それを聞いて鶴岡に行ってみたくなった。
今の日本にも海坂藩のような世界がまだ残っているのだろうか。

「蝉しぐれ」映画版ももうすぐ公開されるようだ。
主演の文四郎役は市川染五郎だが、テレビの内野聖陽が本当にピッタリはまり役
だったので、このイメージを壊されたくないな。
木村佳乃のお福は良さそうだけど。

新聞のコラムに「世田谷文学館で藤沢周平の世界展」が開かれていると書いて
あった。出来たら行ってみたい。

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