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2005年2月

2005/02/27

シスコ~サクラメント~ヨセミテ

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アルカトラズへ向かう観光船。

数年前、5月と11月の2回合わせて2週間くらい、カリフォルニア州の
州都サクラメントに滞在した。東京からサンフランシスコまではAAの
マイル&格安航空券で行き、サンシスコからサクラメントまではグレイ
ハウンドバスを利用した。

サンフランシスコのバスターミナル。
ちょっと危ない空気が漂っていて、夜は避けたほうが良さそう。

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サクラメントは整然とした街並みで、うらぶれた地域も多いサンフランシスコ
とはかなり雰囲気が異なっていた。観光名所はダウンタウン近くにある
オールドタウン‥‥ゴールドラッシュに沸いた当時の町並みを再現したもの。

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ダウンタウンから車で15分くらいの所に、広大なコンベンション
センターやショッピングモールがある。私はいつもこのショッピングモールに
たむろしていた。

11月にはサクラメントからヨセミテ国立公園(世界遺産)まで足を延ばした。
車の運転が出来ない私は、グレイハウンドバスと地元路線バスを乗りついで
行ったのだが、シーズンオフだったのでバスの便数が少なく苦労した。

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ヨセミテは滝が多い。(世界の落差の大きい滝ベストテンのうち3つが
ヨセミテにあるとか)
普通この時期は滝の水量が少ないようだが、私が行った時は前日大嵐に
襲われ、水害で道が不通になるほどだったので、タップリの水が豪快に落下
していた。

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2005/02/25

中国はオモシロ日本語の宝庫

中国はオモシロ日本語の宝庫だった。
中国人は日本語だろうが何だろうが自前で作成するのが
当たり前と信じているようで、一流といわれるホテルの案内書も
ケッサク日本語のオンパレード、部屋で一人笑い転げてましたわ。

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多機能宴会場なんて表現もあったけど、どんな機能がついて
いるんだろうか?

これも同じホテル内のショップで。
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下の写真は上海の街角で。
四月一日を「わたぬき」と読むなら、元中家を「たなかや」と
読んでもおかしくないか。
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スーパーマーケットはオモシロ日本語のミュージアム。
珍しい食品と面白い日本語を探して歩くだけでも
じゅうぶん楽しめる。

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2005/02/22

杭州の楼外楼で食べた

6月に杭州に行った時は、初めてだったので、西湖の美しさは堪能
したけれど食事に関しては失敗が多かった。

西湖のほとりにある「楼外楼」は、どんなガイドブックにも載っている
ほどの有名レストランだが、私は昼食を食べてからふっと思いついて
このレストランに入ったので、ちまき一個を食べただけだった。
(このレストランでちまきとビールだけで出てきたお客は余りいない
だろう)

でも後で聞いたら、残しても「お持ち帰り」出来るとのこと。
それで晩秋に再訪したときは、安心してここの名菜を注文した。

まず「叫化童子鶏(こじきどり)」
ウエイターが仰々しくワゴンに乗せてきて、包んでいる紙をはがして
テーブルにおく。味は蒸し鶏そのもの。

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叫化童子鶏は量が多そうだったので、もう一つの名菜「東坡肉」は
一個だけにした。(小さい器に入った茶色の角煮)
一番美味しかったのはこの「東坡肉」かな。じっくり煮込んだ豚肉が
とろけるように柔らかかった。

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前回食べたちまきも「東坡肉」が入ったもので、これが抜群に美味し
かったものだから、今回はぜひ「東坡肉」そのものを食べようと
お腹を空かせてレストランに入ったのだ。もっともお料理のほうは
持ち帰るほど残らず、けっきょく紹興酒のボトルだけをテイクアウ
トした。

お酒代含め全部で140元(約1,800円)


2005/02/20

日本はクール度最先端

GNC=グロスナショナルクール=国民総クール、これは米国の雑誌で
紹介された概念で、「ファッション、音楽、マンガ、キャラクターなど、
その国が生み出す文化が持つ世界的影響力や成熟度の指標」の
こと。日本はその最先端なんだとか。
地下鉄駅などにおいてある無料誌に載っていました。
最近はいろんなフリーペーパーがありますね。中身もなかなか充実
しています。

本屋で立ち読みするのが趣味の私は、海外に行っても書店を覗き
ますが、こんなに出版物があふれていて、また立ち読みする人が
多い国は他にありません。情報や知識が多すぎて玉石混交で
普段はその価値を忘れがちですが、これが無かったらむなしいで
しょうねぇ。私はやっぱり海外で暮らせませんわ。

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ところでこの写真は私がよくウォーキングする地下通路にかけて
あったものです。説明文によるとこれは延長331mで世界最長の
広告なんだそうです。(日本の車メーカーのもの)

これもクールの証明でしょうか。

2005/02/17

雲南の少女

中国、雲南省は、つい最近まで秘境の代名詞のような地方だった。

ところが中国政府が観光に力を入れ、麗江が世界遺産になると、
あっと言う間に内外の観光客があふれる地になった。

英国の作家がかつてこの地を「シャングリラ(桃源郷)」と呼んだことで、
中国国内のみならず欧米からも(勿論日本からも)多くの観光客が
雲南省を訪れ、私が行ったとき麗江はお土産屋が軒を並べるテーマ
パークみたいな賑わいだった。ちょっとガッカリ。

でも郊外の白沙村はまだまだ素朴で、村の中心をちょっと外れると
畑がどこまでも広がっていた。
ここは標高2500mほどの高原地帯、そのせいかどうか菜の花と
向日葵が同時に咲いていた。

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雲南は瓦屋根の民家など日本の田舎に似ていて、ほっと懐かしい
気持になる。子供の頃どこかで見た風景がそこにあった。

白沙村の畑の中で、少女がたった一人で菜の花摘みをしていた。
その姿が余りにもいじらしくて、可愛いくて、背負いかごをいっぱいに
して戻ってきた少女に、「写してもいい?」とカメラを指差して聞いて
みた。

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少女は恥ずかしそうにカメラの前に立ってくれた。

2005/02/13

三蔵法師そして無言館

西安の大雁塔は、玄奘三蔵(三蔵法師)がインドから持ち帰った
経典等を保存するために建てられた。

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三蔵法師はもちろん偉大な宗教家なのだが、私はむしろ
冒険家、旅行家としての三蔵法師に惹かれる。

三蔵法師のたどったルートは、ゴビ砂漠にタクラマカン砂漠、
天山山脈を越え、かのバーミヤンを通ってインドに向かうという、
今ツアーで旅行しても相当過酷なものだ。
その旅を馬だけでやり遂げたのだから、心身ともにずば抜けて
タフな人だったのだろう。どんな人物だったのか。

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三蔵法師というと、ドラマ「西遊記」の夏目雅子を思い浮かべて
しまうが、もちろんもっと逞しくて溌剌とした若者だったことは
間違いない。「高僧」という言葉から痩せた年長者をイメージして
しまうが、三蔵が西域への旅に出たのは西暦629年、彼が27歳の
時なのだから。

27歳のチャレンジ精神旺盛な若者。その若者が高僧として崇められ、
行く先々で歓迎されたというのは、ちょっと不思議な気がする。
でも空海が唐に渡ったのは31歳の時だったし、竜馬は33歳で死んだ。
老成した感のある文豪夏目漱石が亡くなったのは50歳の時だ。

人生は長さじゃないのね~。

私なんか間延びした人生を過ごしているとつくづく思う。
週刊誌か何かで「成人式を30歳に!」という記事を見たが、確かに
人生が長くなった分だけ濃度が薄まったと言えるのかも知れない。

今日、東京駅ステーションギャラリーで開催中の「無言館~遺された
絵画展」を見てきた。第二次世界大戦で若い命を落とした無名の
画学生達の絵画を展示している。
長野県上田市にその美術館が完成したと知った時、是非行きたいと
思っていたのだが、機会がなくてそのままになっていた。
今回東京駅で見ることが出来て良かった。

それぞれの絵画には一人一人の人間のドラマが凝縮されている。
20代でその人生を無理やり終わらされた若者達の悲鳴が聞こえる
ようだ。
もしかしたら、悲鳴と感じたのは私の主観かも知れない。
彼らはそれが運命と達観していたのかも知れない。
でも才能に溢れた彼等が、まるで物のように扱われ、その命を閉じた
事実は余りにも悲しい。何のために生を授けられたのか‥‥。

戦争で死んだ多くの若者達がもし今生きていたら、渋谷センター街で
所在無くたむろしているのだろうか。渋谷センター街で日がな一日たむろ
している若者達が、もし彼等の祖父母の時代に生まれていたら、人生を
深く見つめる人になっていたのだろうか。

間違いなく言えることは、無名の画学生が残した絵画が、多くの人々の
心を揺さぶり感動を与えたということだ。

2005/02/05

イスタンブール夜景

アテネの空港でさんざん待たされて、ようやくトルコ航空機がイスタンブールに
向かったのは、予定より数時間も後だった。貧乏航空会社の便は離陸が
後回しにされると聞いたことがあるが、ヨーロッパ各国の飛行機がどんどん
発っていくのに、トルコ航空機はいつまでたってもディレイのまま。
イライラしたり情けなくなったり(何も私が情けなくなることないが)もう何でも
いいやと投げやりな気持ちになった頃、やっとチェックインが始まった。

もっともアテネとイスタンブールはすぐ近くなので離陸したら早い。
乾パンみたいな機内食をかじっているうちに、あっという間にイスタンブールに
到着した。

初めてのイスタンブール‥‥ホテルは予約してあったが、どうやってそこ迄
行こうか。迷ったすえ空港前に停まっていた市内行きのバスを利用すること
にした。私はタクシーが嫌いなのだ。

でもこの選択は失敗だった。バスを終点で降りた私は、途中から振り出した
雨の中スーツケースを引きずりながらウロウロと歩き廻るハメになったのだ。
ガラタ橋近くの高層ホテルだからすぐ分かると思っていたのに、辺りは暗く
坂道だらけでタクシーもつかまらない‥‥、本当に泣きたい気持だった。
ホテルにたどり着いたとき私はスッカリ濡れネズミで、疲れ果てて、お風呂に
入って体を暖めるのがやっとだった。食事をする元気もない。もう今日はこの
まま寝てしまおうと思った。

今にして思えば、その時そのままベッドにもぐり込んでいたら、我が旅歴中
トップクラスの感動を逃していたかも知れない。

哀れな旅人に(←私のこと‥‥^^;)神様が幸運をプレゼントしてくれたのだろう
か、ベッドに入る前にふと何気なく窓際のカーテンを開けた私は、その瞬間
全身全霊が凍りつくような衝撃を受けた。

これは、いったい、何という光景なのだ。

目の前に広がる黒々とした海峡とその向こうに広がる旧市街の光の波、
左手にはガラタ橋の明かりが点々と延びている。

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(左に見えるのがガラタ橋)
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私が書くと平凡なイメージになってしまうが、とにかくその夜景を目に
した瞬間、重くのしかかっていた疲れがあっという間に消えてしまった
ほどなのだ。

こうなるとゲンキンなもので、やにわに空腹感が蘇ってきた。
寝るのはやめにしてルームサービスでスパゲティとワインを注文し、
テーブルと椅子を広い全面ガラスの窓際に運んで、夜景を眺めながらの
ディナーとなった。

このイスタンブール夜景はクスコ(ペルー)の夜景とともに、私が見た
いくつかの夜景の中でも飛びぬけて印象深いものとなった。

この旅の後だいぶ経ってから、夕刊紙で五木寛之がイスタンブールに
ついて書いたエッセイを読んだ。
(五木寛之「世界漂流」の中のイスタンブール小景)

五木寛之も私と同じ頃このホテルに泊まり、予期しなかった夜景を
目の当たりにし、私と同じ驚きを感じていたのだ。

でも感じたことは同じでも文章表現力は月とすっぽん以上に違うので、
このエッセイを読んだとき「これで私の感動を他の人にも分かって貰える」と
嬉しかった。

冬ソナ弁当&メモリーオーディオ

東京駅で冬ソナ弁当を買った。

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特にヨン様ファンというわけではないが、どんなものが
入っているのか興味があって。

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正直言って美味しくなかった。
ナムルとかプルコギとかトッポキとか、韓国料理らしき
ものがちょっとずつ入っているが、「韓国料理もどき」って
感じ。まあ話題性で売っているんだから仕方ないか。

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それから、冬ソナ弁当とは全く関係ないけど、今話題の
携帯音楽プレーヤーを買った。512MBのメモリータイプ。
いろいろ秋葉原を歩いて調べたが、結局ヨドバシカメラが
一番安かった。14,800円でポイントが現金20%、カード払い
なら18%つく。カードで18%のポイントってのは相当お得
だと思う。どういうわけか同じ機種でも1Gや256MBでは
ポイントが悪い。

早速CDの中から気に入った曲を取り込んでみた。
ダイレクトエンコード機能があるけれど、よく分からないので
パソコンに録音して転送した。
いや~ビックリ、こんなに音質が良いとは。
手のひらに入る程小さいのに、こんなに迫力ある音が出る
なんてスゴイ!
これからもっと使い方など勉強しなくちゃならないが、
音楽のほかにもデータなど取り込めるから便利だ。
FMラジオも付いているから、これからはいつも胸ポケット
に入れておこうかな。

ラジオといえば、Niftyから可愛い賞品を貰った。
「イルミネーションとライトアップ」それから「神社仏閣」
二つの掲示板に写真をアップしたら、両方からプレゼント
してもらえることに。いくつかの賞品の中から、ポケット電波
時計(左の赤)とペンダントラジオ(中)を選んだ。
Niftyのロゴがおしゃれ。

ちなみに左は買ったばかりのメモリーオーディオ。


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